【短編】機械仕掛けの飛行竜
彼女の発見は、この国の歴史を揺るがせた。
どの文献にも見られない、今やとても再現不可能な技術。
機械仕掛けの飛行竜。
永く埋もれていたにもかかわらず、染み一つない真っ白な姿とその優美さから、“白雪姫”と名付けられた。
沢山の研究者が。沢山の技術者が。沢山の権力者が。そして、沢山の人間が。
白雪姫の再稼働を望み、構造を調べようとし、機体を修復しようとし、その姿を一目見ようとし、集まった。
莫大な資金と人材が投入され、研究所兼展示場として、塔が造られた。そうして調査は始まったが、誰一人として、稼働はおろか、彼女の構造を知る事すら出来なかった。
表皮一枚、剥がせない。
多くの研究者が、技術者が、挫折を味わい、一人、また一人と研究所を去って行った。国も資金提供を止め、白雪姫は展示場の中心で、眠り続けている。
「おーおー、今日も頑張るねぇ“王子様”」
「その献身さを尊敬するよ」
背後から聞こえる声を無視し、バルトは歩を進める。脇に抱えていた書類を、意味もなく持ち直した。
僅かな干渉すら許さない気高き姫竜。誰もが匙を投げた存在に、彼は一人、挑み続けていた。
まだ白雪姫が華々しく展示されていた幼少期。両親に連れられて鑑賞に行った時の衝撃が忘れられず、航空や工学の知識をとことん学び、研究者となって戻ってきた。
しかし、その頃には白雪姫への世間の関心は消え去っており、彼に手を差し伸べようとする機関もない。それでも何とか研究を続けようと、連日塔に通う彼にいつしか付いた字が“王子様”だった。
今や人気のない塔に歩を踏み入れる。がらんとした空間の中心に、彼女はいた。
放置されていた期間があったにも関わらず、相変わらず体には汚れ一つない。まるでひなたぼっこでもしているかのように、体を丸めて横たわっている。
「……おはよう」
継ぎ目一つ見えない見事な体に手を触れる。それほど厚みがないと思われる皮の下には、はっきりと金属の質感が感じられた。
こんなにすぐ傍に答えがあるのに、誰一人、白雪姫の体に傷一つ、付けられない。それは守りが強固であるからというよりは、下手な解体をしてしまえば、二度と元に戻せないという恐怖心からだった。
白雪姫に注目が集まった最たる理由は、彼女の存在がこの界隈の戦争事情を揺るがすだろうものであったからだ。
無人の戦闘機。
それは、この国が喉から手が出る程欲する戦力であった。
故に、国は白雪姫の解体を許さなかったし、バルト自身、彼女を失う事を恐れた。
せめて口が開けば調査も進もうというものだが、強固に閉ざされた口は、力尽くでもびくともしない。“王子”といえども、彼に出来るのは先人達と同じ、全長を測り、材質を調べ、能力を推測し、目覚めを待つことだけだった。
勿論、献身的な“面会”で得たものもある。
何度か、白雪姫の内部で金属の軋む音が聞こえたのだ。
それらはいずれも、白雪姫の体位を変えようとしている時に起こった。一人での作業のため、どうしても効率が悪い。どうやら、その時の衝撃に反応しているようだったが、同時にどこか引っかかるような音もしており、かと思うとすぐに反応は消えてしまう。内部のどこかに何かが噛んでいるようだが、その内部は調べようがないため、未だ原因は分かっていない。
結局成果なしで一日が終わる。それでも、バルトは白雪姫との時間を楽しんでいた。
決して進まぬ研究が認められるのは、平和なうちだけである。
その日も塔で過ごしていた彼の元に、召集がかかった。
空軍。
白雪姫のために得た知識は、戦闘機の使い手として通用する。空の戦力は、防衛の上で重要な役割を持つ。
分かっていて、バルトは拒否した。己が離れている間に白雪姫に何か遭ったらと思うと、動くに動けなかった。
当然、国がそれを許すはずもない。彼は徴兵にやってきた兵達ともみ合いになった。抵抗しても多勢に無勢、それでも必死にもがいたはずみで、バルトの体は弾き飛ばされた。強い衝撃が背中を打つ。痛みに呻くバルトの背後で、金属の軋む音が聞こえた。
「お、おい!」
兵がどよめく。白雪姫の口が開いていた。
「あ……!」
痛みも忘れ、口元に近付く。やはり、中に何か詰まっている。
何も考えず潜り込む。外の滑らかな皮と違い、内側は金属張りで、細かな歯車が大量に入り組んでいた。
音を頼りに詰まりを探す。喉の辺りで、歯車が回転できずに軋んでいるのを見付けた。金属片が噛んでしまっているのを細心の注意を払い取り除く。途端、すべての歯車がゆっくりと、しかし滑らかに回り始めた。
慌てて後退し、白雪姫の口から抜け出す。目蓋がゆっくりと開き、逆に口は閉じられていく。バルトが入り込んでいたのを意に介さぬ様子で、姫竜は体を起こした。緩慢な動作で一同を見下ろす。突然の出来事に、兵達はただ呆然と見上げるのみだった。
「おはよう。白雪姫」
バルトはそっと、竜の体に触れた。内部で歯車が動いているのが分かる。
白雪姫がバルトを見つめる。バルトはその瞳に、知性の輝きを見た。
予測の範囲内。喜びと悲しみが、同時にわき上がる。
「君は……」
この国では、いや、この世界では到底再現不可能な存在。
恐らく、見付けてはいけなかった。
知っては、ならなかったのだ。
これほど気高く、美しい彼女を、戦場になど行かせられない。
「機会竜だ……」
「これで我が国は……」
背後で兵がざわつきはじめた。
今しかない。
バルトは白雪姫を見上げた。姫竜は彼をじっと見つめていた。
「ごめんね」
動いている彼女を一目見たかった。無我夢中で行動してしまったことを、今更ながらに後悔する。
せめてもの償いに出来る事は、一つしかない。
「逃げて」
彼女を失えば、バルトは極刑を免れない。
それもいいと思えた。
幼少からずっと憧れた存在に、ようやく会えたのだから。
「バルト!」
「逃げて、白雪姫!」
機会竜が翼を広げる。数度の羽ばたきで風が巻き起こった。あまりの力強さに、吹き飛ばされそうになる。現に、兵の中には体勢を崩した者もいた。
白き体が浮き上がる。長期間稼働していなかったと思えない、滑らかな動きだった。
「ごめんね」
もはや、風の音で彼女の耳には届かないだろう。それでも、バルトは言った。
「ごめん」
強風で目を開けていられない。目蓋を閉じた瞬間、風に煽られ姿勢が崩れた。背中から倒れそうになった瞬間、何かに体を掴まれる。
「……え?」
気付いた時には、兵の声は遥か下、頭上でレンガの砕ける音が響いていた。
衝撃と砂埃と強風という目まぐるしい刺激の中、目を回す。その中で、白雪姫の羽ばたきの音を聞いた。
「白雪、姫?」
バルトの声に応じるように、重々しい咆哮が聞こえた。
やっと目を開けたとき、バルトは羽ばたく白雪姫と空を見た。体が宙に浮いている。
白雪姫と、飛んでいる。
「…………!」
屈強な腕に胴体を掴まれ、どちらかと言えば“運ばれている”体だったが、何でもよかった。
口元に笑みが浮かぶ。
「強引だなぁ。白雪姫は」
機会竜はちらりとバルトを見下ろした。どうしてか、不服そうな顔をしているように見えるのがおかしかった。
「でも、ありがとう」
体を掴んでいる腕を撫でてやると、白雪姫は目を細めた。次いで翼を羽ばたかせ、勢いに乗って進み始める。
行き先は、誰も知らない。
終。
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