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満月の夜話(18) - Your Moon -
祝日明けの仕事はいつもの1.5倍疲れる。
年度末も近づいているから、オフィス内に厳しさや焦りが漂っているように感じられた。祝日は確かにありがたいが、祝日のせいで平日の業務が圧迫されているみたいに。
エレベーターの中のわずかな時間でさえもスマホを見てしまう、先ほど見た時と何も変わらないのに。変わっているのはホーム画面に表示されている時刻くらいなのに。
21時30分。
あぁ、お腹が空いた。オフィスビルから出ると2月の冷たい風が通勤用の頼りないコートを容赦なく貫通してきた。
そういえば子供の頃に何かで読んだ事がある。
『お腹が空いた、寒い、死にたい。不幸はこの順番でやってくる』と。
その言葉を噛みしめながらアスファルトを鳴らし、駅まで歩く。
今夜は空気が妙に明るく、そして白い。そう感じながら夜空を見上げた。
そして、そこで満月と目が合った。
「あら?目が合いましたね?」
「えっ?誰!?」
「私?私は満月です」
21時35分、駅までの暗い夜道。周りも見渡しても誰もいない。
「だから、私ですって。満月ですよ~」
「OK、一旦君が満月だとしよう。で、何で私に話し掛けてきたの?」
「え?いや、目が合ったから」
「・・・そんなヤンキーみたいな理由?」
「おかしいですか?」
「いや、別にいいけど。なんかもっとロマンティックな事かと」
「相変わらずロマンチストですね、あなたは」
満月の表情は見えないが、声はクスクスと笑っているようだ。
からかわれているようで妙に気恥ずかしい、だからつい突っ張ってしまう。
「な、『相変わらず』って何?初対面なのに!?」
「いえ、私は昔からあなたの事を知ってますよ」
「え?何で??」
「あなたが満月を見たのは今夜が初めてじゃないでしょ?あなたはこれまでに何度も私を見た事がある。あなたが私を見たのなら、私だってあなたを見ていますよ。当然でしょ?」
「・・・」
満月と話したのは初めてだが、確かに初対面ではないかもしれない。
とはいえ納得できない感が拭えないが・・・。
あら?少しお疲れみたいですね。でもあなたは自分の役割、自分の仕事をするのが好きな人ですから、疲れの中に少しの『満足感』を感じてますよね?
『目標』なんて大袈裟な言葉を出して考えると、あなたはついつい目を背けたくなりますよね?でもやるべき事をこなしている自分は少し好きでしょ?そして誰かに「ありがとう」って言われると嬉しい。たとえ面と向かって言われなくても、誰かが喜んでくれると嬉しい気持ちが勝ってしまう。だから少し無理をしてまで、ついつい頑張っちゃいますよね?
それはとっても良い事ですが、やっぱりその分だけ疲れちゃいますよね?
そもそも満足感と疲労感は同じ物です。自身の行動を思い返す際、肯定的に捉えると満足感になりますし、自身の行動を否定的に捉えると疲労感となります。あなたは自分を少し否定的に見る癖がありますよ?だから、本来は『満足感』として感じるべきものを『疲労感』として感じてしまいがちです。
あなたは誰かのために役立って人から感謝される事を愛し、行動しています。だからこそもっと自分の行動や仕事、決断を肯定し『満足感』を目一杯感じる事で自分を認めてあげて下さいね。
私はいつの間にか満月をボーっと見上げながら、その言葉を聞いていた。
その言葉の端々に時々じわりと胸が熱くなるのを感じながら。
私と満月の間にある冷たい空気は、熱がこもった私の息を見事に白くした。
あ、さっきも言いましたが、あなたはロマンチスト。こればっかりは小さい頃からずっと変わっていませんね(笑)いえいえ、キザだとか痛いヤツとかではなく、なんというか・・・優しい人です。繰り返しになりますが、ついつい他人の事を考えちゃうでしょ?
「こんな事を言ったら相手は嫌な風に思うかなぁ」とか「あの時こう言えば良かったかも・・・」なんて事を頻繁に考えてますよね?
それは人に対してだけではありませんよ、物に対しても同じ事を思ってしまう事がありませんか?手紙や写真はもちろん、道具、お菓子のカンカン、使い古しの靴下や歯ブラシ・・・思い出があるから!勿体ないから!なんて事を表面的には考えようとしますが、実際にはそれを捨てたり、処分する時に『かわいそう』って少し思ってしまいますよね?
なぜなら、あなたの中ではそれらにも命があるように感じてしまう一瞬があるからです。学校教育の中で、物には命が無い!って分かっているはずです。でも優しいあなたは、物に命や表情を見てしまうのです。
ね?ロマンチストでしょ?だから、少しお片づけが苦手でしょ?(笑)
優しいから傷つきやすいあなたは、傷付けるのも苦手です。人を傷付けるくらいなら、自分が傷つく方が楽・・・って、ちょっと感じちゃいません?
だからいつも貧乏くじを引いている、いつも汚れ役なんて思っていますが、そんな事はないですよ?あなたの知らない所で、あなたの身近な人が、あなたの代わりに傷ついているケースも沢山あるんです。
周りの人も自分と同じ、自分と同じように他人だって優しいんだ・・・ってそういう部分に目を向けると、あなたはきっと今以上に優しく、強くなれるはずですよ。
乗ろうと思っていた電車を2本ほど見送り、私は駅前の自動販売機で缶コーヒーを買った。温かい缶には微糖と書かれていたが、空腹に糖分が染みたせいだろうか、妙に甘かった。なぜだろう、私はもっと甘さを欲してしまう。
でも、あなたの優しさは厳しさでもありますよ、そこは十分注意ですね。
相手の事を自分の事のように考えてしまうあなたは、相手にも自分と同じように考える事をついつい強要してしまう・・・そんな一面がありますよね?
『なぜ、この人はそんな風に言うの?』
『なぜ、もっと優しく言えないの?』
そう思ってしまうのは、あなたが優しいから。ついつい他人にも自分と同じレベルの優しさや言動を求めてしまう、それがあなたの厳しさなのです。
あなたはそれを声に出して相手に指摘する事が苦手です、だって相手を傷つけちゃうのが怖いでしょ?だから心の中にイライラが産まれてしまう。
そのイライラを上手に忘れる事が出来れば何の問題もありません。でも、あなたは忘れるのが苦手ですよね?お風呂に入っても、ベッドに入っても、『今日起きた嫌な事』を繰り返し思い出してしまうでしょ?(笑)
夜空はゴォォっと低い音を鳴らしていた。飛行機だろうか?それとも空の音だろうか?あぁ、もうすぐあの薄い雲が満月を隠してしまいそう。
薄い雲が掛かったせいか、満月の声は少し小さくなった気がする。
さて、明日もお仕事ですよね?明日も今日とは大きく変わらない1日かもしれません、あなたはそれにうんざりする事もありますよね?
あなたは常に変わりたいって思っている人ですから。でも実際には、なかなか自分が変われない・・・その悩みを心の端っこに置いて、例えばお休みの日や暇な時にチラチラと見てるでしょ?そして、本当はチラチラ見るんじゃなくて、しっかりと向き合って考えないと・・・とは思ってはいるけど、なかなか直視する事は出来ない。だから、ついつい目を背けて意味無くスマホなんかを見てみたり(笑)
そして『こんな事をしている暇があるなら、アレをやらないといけないんだけど』みたいな考えは、あなたをジワジワと苦しめていますね?
今はいいんです、ちょっと苦しいだけですから。問題は時間が経過した時です、例えば今年の12月を想像してみてください。
『はぁ~、今年こそはやろうと思ったのに』とか『2月からコツコツやっていれば・・・』って思っちゃいません?先ほど申し上げたように、あなたは厳しい人ですからね、きっと苦しんじゃうと思うんですよ。
今年の12月でコレですよ? 3年後を考えるとどうなるでしょう?
あなたは他人から「変わってるね~」とか「独特なセンスw」って言われるのが好きですよね?他人と比べて自分は少し違う人、独特な人・・・って思っている所があります。『天才的』という言葉を使うとアレですが、自分のセンス・才能を信じているがゆえに、人と同じような努力を嫌ってしまう一面もあります。
でもね、いくらあなたが天才であろうと、変人であろうと、才能を秘めた人であろうと、それはまだまだ原石でしょ?ではその原石はいつ輝きます?
明日ですか?来月ですか?それとも来年ですか?
明日急にいきなりピカーーー!!って輝く事は無いですよね?だから明日も今日と同じような1日かもしれません。でも毎日コツコツと磨き続ければ、ゆっくりでも輝いていくはずです、というか逆にゆっくりしか輝きません。
だからこそ「こう変わりたい!」という思いを、心の端っこに置くのではなく、もう少し真ん中寄りに置いてあげましょう。そして少しずつで良いので、毎日磨くようにしてあげて下さい。
あ、今『面倒くさい、時間が無い、だるい』って思ったでしょ?
『聞かなきゃ良かった』とか思っているでしょ?(笑)
なら、聞かなかったフリをしてもいいですよ。でも、あなたは聞かなかったフリが出来ない人だという事を、私はちゃーんと分かってますよ。見て見ぬふりをしても、お風呂に入った時、ベッドに入った時、あなたは繰り返し考えちゃう人ですからね(笑)
未来に向けて意識の高い事を言っちゃいましたが、あなたは毎日キチンとやるべき事に努力をしてますよね?出来ていない事は妙に気になりますが、既に出来ている事にはなかなか意識が向かないものです。
だから、よく思い返してみて下さい。毎日コツコツとやっている事があるでしょ?そっちに目を向けてあげて下さい。そしてそれを自信にしましょう。『毎日これをやり続けている。なら、これも出来るはずだ』って自信を持ち、少しずつ続けていく事が大事でしょ? 大丈夫、あなたなら。
『決して無理せず?』いえいえ、あなたはすぐにブレーキを踏むタイプですよね?だから少し無理をするくらいが丁度良いかもしれませんね(笑)
先ほどよりも分厚い雲が満月にゆっくりと近づいていく。もうすぐ満月が隠れるだろう・・・そうなれば、満月の声は聞こえなくなる?
「ねぇ、満月?」
「はいはい」
「雲に覆われると声は聞こえなくなる?」
「はい、たぶん」
「たぶん(笑)。ねぇ来月も満月の声が聞ける?」
「さぁ、どうでしょう?あ、もうすぐ雲に隠れちゃいそうですね」
「最後に!!最後に1つ聞かせて!!何で私に話しかけてくれたの?」
「だから~、目が合ったからですよ(笑)」
「本当にそれだけ?」
「えぇ」
「私と目が合ったから、私だけに話しかけてくれたって事?」
「『私だけ?』・・・いいえ、『あなただけ』ではありませんよ」
「え?」
「だって、満月である私を見上げている人、満月の私と目が合っている人は今この瞬間たくさんいますから。だから、私はあなたたちに話しかけていたのですよ」
「・・・?」
「本稿のタイトルを見ましたか?」
「Your Moon ? 」
「そうです。my は 複数形にすると our 。his は theirでしょ?」
「うん」
「ではYourの複数形は?」
「Yourは複数形でもYour・・・だったよね?」
「そう、単数形も複数形も同じ。だからこの話は、あなたへの言葉であると同時に、あなたたちへの言葉でもあるって事」
「え?・・・ごめん、ちょっとよく分からないかも」
「yourの単数形と複数形が同じように、あなたも、あなたたちも同じ。みんな同じように迷って、同じように悩んで、同じように苦しい。苦しいのはあなただけじゃないですよ?」
「・・・ねぇ、私はそんなに苦しそうに見えた?」
「いいえ。でも、私を見上げる人はみんな同じ目をしています」
「みんな?それはどんな目?」
それはあなた自身が実際に今夜の満月を見て、確かめてみて下さい。
(了)
今月も読み頂きありがとうございました。
コールドリーディングの本を読んでいる時に思い付いた事をベースに書きましたが、難しいですね。少しでも自分に当てはまった、と思って頂けると嬉しいですが。
次回の満月は、3月14日(金)らしいです。