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食べる話 「蕎麦」

会員らと蕎麦の話をしました。

幾度も何かの度に、どこかに記してきましたが、蕎麦を食べたいと
思ったことがありません。

ここでいう蕎麦は、温かい汁に入った所謂誰しもが思い浮かべる
それを指します。

幼少期からうどんを好んできました。
見た目もあるかもしれません。
太さや噛み応えもあるでしょう。

そんな訳で年越し蕎麦ですら、うどんを作ってもらい食べて
きました。
「年越し蕎麦には細く長くという昔からの、」

「なら、自分は太く長く生きるからうどんがいい。」

屁理屈で返し、うどんを食べてきました。
いつか、これまでの減量を経てきた食べ物についての
想いや、減量について綴ろうと思っているので、その時に
重複するかもしれませんがご容赦ください。

蕎麦よりもうどんのほうが走れますし、なので、食べて
きました。
蕎麦よりも唐辛子が会うこともあります。

うどんの方が腹持ちがよく、そして唐辛子については
御存知の通り、でも、僕は35年前からそこを意識して
きました。
当たり前です。
体重が落ちるのですから。

コーヒーもそうでしたが、無知な輩ほど否定して勝ち誇るのです。

ネットなどなかった時代ですので、週刊誌を切り抜いたり、
そうでなければそれを見てメモして控えたりしました。
店名や場所を、です。

十代後半、背伸びして蕎麦の味を知りたくなりました。
ええ、立ち食いではうどんしか食べないからです。
蕎麦を食べる大人に憧れたのです。
自分もその大人の仲間入りをしたくなったのです。

試合が終わると、ええ、高校生の頃からファイトマネーを
握りしめ、電車に乗り都内に出ます。
そして、目当ての店を目指すのです。
練習が1週間休みになる試合後は、僕にとって毎回大イベント
でした。

それがあるからまた、頑張れるというような位置で、
毎回の楽しみでした。
ジムを開いてからは、試合翌日からジムですが。


意外とあっさり辿り着きました。
しかし、蒸篭や笊のそれで、温かい汁に入ったそれではありません。
摩り下ろした山葵を麺に箸先で乗せ、それを勢いよく空気と一緒に
啜ります。

ほう。
ほうほう、大人の味を理解した気持ちになり、背伸びするには
十分な体感をします。
そして足繁く通う用になるのです。

笊のそれを。

温かい蕎麦は以降も何も、最初から注文することなく笊にはまって
しまったのです。
なので、依然、温かい蕎麦を食べたいと思ったことはありません。

新潟に住む元会員がよく、蕎麦を送ってくれるのです。
僕はそれを食べるのです。
「盛り」で。

数年前に、思い出して、以降蕎麦は温かいものでしか食べなく
なりました。
蕎麦を食べたくなるまでうどんを食べないというルールも敷いて。


以来、5年が経ちます。
ええ、蕎麦しか食べないで、です。
5年が経ち思います。

昨日も、昼にジムでコンビニで買ってきた蕎麦を食べました。
唐辛子を忘れて尚更思います。


嗚呼、うどんが食べたい。

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。