死ぬ
人間は死んだら無になる。
死んだら夢も観ることができなくなる。
考える事も出来なくなる。
5歳の時に叔母が亡くなって死ぬとはそういうことだと知り、
泣いてばかりいました。
静かな波音が聞える中、足元も見えない真っ暗な場所から流す
小さな灯りがより小さくなって真っ暗な海に消えていく最中を見守る
灯籠流しがとても淋しかったからなのかもしれません。
当たり前のことが受け入れることが出来ませんでした。
今も成長していません。
考えると、眠れなくなることもあります。
知人が亡くなる度、そのようなことを考えてきました。
無とはなんだろう。
夢を見ない真っ暗な睡眠を想像した幼少期のその形で今も、
だから、眼を閉じていつも想像します。
でも、それがどれだけの期間でしょうか、眼が覚める瞬間と
生まれ変わる瞬間の想像はドローです。
ただ、生まれ変わった時は自分ではありません。
人間ではないかもしれません。
彼は今、どの辺にいるのだろうかと考えます。
擬音が聴こえる度、斜め上を見上げています。
小学生の頃、与えられた自室の左斜め上から夜が更けると
擬音が響くのです。
高音の弦を弾くような音が聴こえるのですが、でも、
それを不思議と思いながらも受け入れてきました。
でも、誰とも話が合ったことがなく、僕の部屋に遊びに来た
知人等はいつも驚いていました。
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これがなんのことやらか、ようやく
理解しました。
どうもです。
頑張ってホームラン打とうと
思います。