明るさを変える星


 くじら座のミラというと、名前くらいは聞いたことがある人も多いかも知れない。

 くじらの星座絵を形作る、ちょうど首の付け根あたりに輝くのがこのミラという星なのだが、だいたいこういう星に独自につけられた名前、すなわち「固有名」が一般に知られている星というのはほとんどは1等星である。それ以外の場合は、○○座X星(Xにはギリシャ文字などが入る)と言われることが多い。別にそれより暗い星にも固有名がないわけではないのだが、あまり使われないというだけだ。星によっては複数の呼び方が淘汰されずに残っていたり、逆に異なった星が同じような固有名を持っていることがあったりもして、なにかとややこしいってのもある。ま、そもそもそういう星の存在自体、あんまり一般に口に上らないといわれたら、そう、そうねえ。

 で、ミラである。この星は1等星ではない。じゃあなんで固有名がわりかたよく知られているかといえば、この星の特徴にある。ミラは明るさを大きく変えるのである。

 明るさを変える星というのは実はそれほど珍しくないというか、むしろありふれているのだが、目に見えるほど明るさを変えて、しかも肉眼で容易に見えるとなると割合的にはぐっと低くなる。明るさを変える星のことを変光星と呼び、ミラは歴史上、一番最初にその変光が見つかったとされる天体なのである。

 もっともこういう話は難しいところがあって、星の変光をはじめてとらえた人間がいついたかというのを厳密に示すことは難しい。記録に残していなかったらそれはわからないからだ。だからどうしてもこういう話はヨーロッパとときどき東洋が主な舞台でほかの地域でどうだったかは等閑視されてしまうのだがそれはともかく、とりあえず、1596年にオランダの牧師であるファブリチウスという人がくじら座に見慣れない星が輝いているのを見つけたのが始まり、とされる。それより古い話もないではないのだが、一般的にはこうなる。

 当時、ずっと夜空に張り付いて動かない「恒星」は明るさなど変えないものだとされていた。もっともこの「恒」は位置を変えないという意味なのだが、まあ明るさも変えないと思われていたようだ。だから見慣れない星というのはそれに反するわけだが、ただ、当時でも夜空に新しい星が現れたように見える現象、「新星」の存在は知られていた。突然、夜空に現れてそのうちに消えていく星である。なので、この星は「新星」だろうとファブリチウスは考えたわけである。実際、その星は何ヶ月かすると消えてしまった。これ自体は、いかにも新星らしいふるまいであった。

 ところがそれから10年余りたって、この時の「新星」と同じ場所に、また「新星」が見つかったのである。

 つまり、どうやらこの星は一度増減光を示してそれっきりの「新星」ではなく、明るくなったり暗くなったりを繰り返す天体のようだ……というわけだ。ファブリチウスはこれ以上は追わなかったようで、このあたりのことが分かったのはもう少し後の話となるなのだが、ともあれ不思議な星ではないか。

 ということで、この星について研究したポーランドの天文学者ヘヴヴェリウスが本を出した時、「ステルラ・ミラ」の小史というタイトルがつけられた。ステルラ、はスターに相当するラテン語だから「星」である。ミラとは「不思議」の意味。ミラクルと同じ語根を持つ言葉である。「不思議な星の小史」というわけだ。これになぞらえて、この星はミラと呼ばれるようになった。

 このミラには「くじら座ο星」という名前もある。いわゆる固有名ではなく星座ごとにギリシャ文字などをあてていった名前、「バイエル名」だ。バイエルさんがつけたからバイエル名である。バイエルはファブリチウスとあまり違わない時代に生きていた人なので、本人がつけたものについてはファブリチウスがミラを最初に発見してしばらくした、17世紀のはじめにつけられたものである。星座の中の星について、「だいたい」明るい順か、星の並び順辺りを目安にギリシャ文字のアルファベット順につけられている。つまりまあ、ギリシャ文字の一文字目、αを冠したα星が一番明るい、とまでいかなくとも、明るい星の一群に入るということが多い。そうでもないこともけっこうあるがそれはそれ。

 οは、ローマ字アルファベットのOに相当するアルファベットである。ローマ字の場合と同じく、ギリシャ文字でも15番目のアルファベットだ。つまり、かなり「目立たない星」としてカウントされたということだ。実際問題、バイエルは4等星としてこの星を記録している。くじら座には1等星こそないけれど2等星が1個、3等星が4個ある。変光している最中で、たまたまこの光度にさしかかったところを記録されたのだろうが、これではなんの「不思議」さもないただの星だ。

 しかし、ミラがなんで注目を浴びたかといえば、発見のエピソードにもあるように、「現れては消える」のだ。

 つまり、明るい時は肉眼で見えるが、暗い時には肉眼で見えなくなる。しかも、そこそこ明るい。

 現在では、ミラは明るい時は3等くらいまで明るくなり、暗い時は9等くらいに減光するということが知られている。肉眼で見えるもっとも暗い星は6等くらいだから、暗い時は望遠鏡か双眼鏡でないと見えない。

 変光星は、実は夜空にいっぱいある。1等星にも2等星にも、変光星はあるのだ。しかし、目で見てはっきり分かる変光を示す星というとぐっと少なくなってしまう。いっぽうで大きな変光を示す星もいっぱいあるのだが、今度はほとんどは肉眼でやっと見えるか、そもそも肉眼では見えないものばかり。これが、ミラが変光星第一号になったゆえんであろう。

 そんなミラが今年は見頃である。

 上でも触れたように、ミラは変光範囲が広い。これは変光を見てとるためにはとてもよいのだが、裏を返すと「タイミングが悪いと肉眼では見えない」ということでもある。しかし幸いなことに、ミラは明るくなったり暗くなったりを周期的にくりかえすので、だいたい明るくなる時期が予想できるのである。

 この周期が、332日である。えらく精度が良い数字だが、あくまで平均なので多少ずれることも珍しくはない。しかし何十日もずれるということはまあないので、だいたいの目安としては問題ない。332日というと、約11ヶ月。約11ヶ月毎にミラは肉眼で見えるくらいまで明るくなったり、見えなくなったりを繰り返すのだ。

 この11ヶ月というのがクセモノだ。11ヶ月というと一年に近いが1ヶ月短い。何をアタリマエのことをと思うかも知れない。しかし、これはつまり、もっとも明るくなる日(極大日)がだいたい毎年1ヶ月づつ早くなるということなのだ。12年くらいでまた元に戻る。

 ご存知の通り、星座というのは見頃の季節がある。つまり、くじら座が見えない季節に極大を迎えるようなときは、何年間かにわたって見頃の季節にミラを見ることができない(望遠鏡使えば見られるが)ということになってしまうわけだ。

 そのミラが、今年は格好の見やすい位置で極大を迎えるのである。

 天文年鑑によると、今年のミラの極大は、11月19日である。これは、まさにくじら座がもっとも見やすい時期にあたる。

 この時期、夜空を見上げてくじら座をたどると、といってもくじら座は大きく星がまばらなので、東の空に見えるおうし座から少し西へ頭を振ると、くじらの頭を作る星の少し下に、頭に見えるくじら座α星と同じか、少し暗い星が輝いているはずだ。それが、ミラである。くじら座α星は3等星だが、正確には2.7等。空の明るいところでも街灯の陰になるところなら見えるだろうか。

 実はミラは極大のたびに同じ光度まで明るくなるわけではない。これはよく勘違いされやすいところなのだが、というか、上でさきほど「明るい時は3等くらいまで明るくなり、暗い時は9等くらいに減光するということが知られている」と書いたが、あれ、図鑑などで2から10等までと書いてあったような?と思った人ももしかしたらいるのではないかと思う。確かにそう書いてある本や図鑑が多いと思うのだが、これは変光星のカタログに記載されている値に基づいている。カタログには、「今までの極大の中でも一番明るく記録された数字」「一番暗く記録された数字」で変光範囲が書いてあるのでこうなるのだが、実際に2等まで明るくなるのは数回に一度というところだ。3等止まりのことも多いし、4等までしか明るくならないこともある。今回はすでに3等にはなっていて、2等には手が届くかビミョー、というところか。そんなことを心に留めて、ミラの動向を追うのもおもしろいかもしれない。

 また、極大日の予想も、文献によって少しづつ違っていたりする。過去の極大日の決定精度の問題と(極大ふきんではしばらく同じくらいの明るさにとどまるので、極大日が目立って明るいというわけではない)、周期としてどの数字を採用するか、などの問題もあって、多少ずれてきたりもするのだ。例えばさきほどの日付は天文年鑑の数字だが、「日本変光星研究会」の出している予報だと、11月7日とある。まさに明日だ。こちらも、どうなるのだろうね。

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