さそり座を見て星の行く末を思う

 梅雨時である(と書きだしてはみたが、塩漬けもとい推敲してるうちに明けた。まあそれはそれとしよう)。

 一年で一番日が短いこの時期だが、日照時間はそんなに長くない。それはまあ、梅雨のせいである。もちろん、梅雨のない地域や国では関係がない話だが。

 それでもたまに晴れた夜、空を見上げると夏の星座がそろそろちらばってくる時期なわけである。そして、南の空に見えるのがさそり座だ。

 さそり座というと夏の代表的な星座のようだが、実は夏の星座としては比較的早い時期から見ることのできる位置にある。さそり座が太陽と反対側に来るのは5月ごろで、まだ初夏だ。ただ、南の星座なので地上にのぼっている時期があまり長くなく、少しのぼってくる時間が早くなった夏場のほうが目にしやすいということである。まあ、そのぶん沈むのも早くなってしまうけれど。

 さて、前回は星座そのものが物理的な星の集まりになっている集団として、北斗七星(の一部)を紹介した。今回は、このさそり座もやはり、実はリアルの星の集団と大きく関係があるという話である。


 同時にまとまって生まれたばかりの星が集団を作っているのが星団という話は前回もした。だが、星団というほどはまとまっていない、もっと大きな空間を占めている、星が生まれつつある領域というものがある。これには、星がどうやって生まれるかを踏まえる必要がある。

 星というのは水素のガスの固まりである。であるからして、生まれるところも広大あ水素ガスの広がった雲の中である。この広がった雲は、大きさ数百光年くらいに及ぶ。その中で、何かの理由によって自分の重力でガスを支えられる領域が出来ると、その部分の水素ガスはゆっくり縮み、星へと成長していく。収縮したガスの中心が水素の核融合が始まる程度まで温度が上がると、星として輝きだすわけだ。

 星団と違い、物理的なつながりがあるわけではない。時にはその中に星団が含まれることもある。

 このような領域は、言うまでもなく若い星が多い。では、若い星が多いとどうなるかというと、質量が大きい星が目立つようになる。

 なぜか。

 星の寿命というのは、ほぼその星の質量で決まる。質量が大きいほど、その星の寿命は短くなってしまう。太陽の寿命は100億年くらいと言われるが、太陽の2倍の重さのある星は20億年、太陽の10倍の質量の星は3000万年、30倍の質量の星は1000万年以下、といった具合になる。

 これはちょっと不思議な話ではある。星の寿命というけれど、もちろん人間の寿命とはちょっと意味合いが違う。要するに、どれだけの期間、水素の核融合で輝いていられるかということである。ということは、質量が大きいほど燃料の水素もたくさんあるのだから、それだけ長生きできそうではないか?

 確かにもっともな疑問である。

 しかし、これは「燃費」の問題である。実は星というのは、質量が大きくなるとそれに追いつかないペースで明るく輝くようになってしまうのだ。そのため、燃料の消費が多くなりかえって寿命は短くなってしまう。へんに小金を持ってしまった人みたいだ。違うか。

 ともあれ、質量が大きくなると、星の寿命は加速度的に短くなっていくというわけだ。具体的に言うと、質量の3.5乗に比例して明るく輝くということが知られている。つまり、質量が2倍になると、明るさは11倍くらい大きくなる。すると燃え尽きるまでの期間は、2/11、つまり2割くらいになってしまう。

 太陽の寿命は100億年。その2倍の質量だと、寿命も2掛けになって20億年。さっきの数字が出てきましたね。

 ところで、質量が大きい星って実際にはどんな星として見えるのだろうか。大きい星?もちろんそういう傾向はあるが、星というのはうんと遠くにどっちみち点にしか見えないので、今はあまり関係がない。

 外見として一番違うのは、表面温度が高くなるということだ。

 集まっている水素の質量が大きいと、それだけ中心はより多くの質量でおしつぶされるわけなので、おのずと高い温度になる。温度が高いほど、そこで起きる核融合もはげしくなるので、中心で作られるエネルギーも大きくなる。まあ、これが質量が大きいほど明るく輝く原理でもあるのだが、そうすると、表面温度も高くなるわけだ。

 あ、このあたりの話は、水素の核融合で輝いていて、しかもそれがまだ燃え尽きかける段階に達していない星についての話です。こういう星は主系列星とよばれて、星の一生のほとんどはこの段階。われらが太陽も主系列星である。それ以外の段階だとまたちょっと違ったりすることも(後述)。

 それはさておき、表面温度の高い低いが、外見としてどうかかわってくるのか。

 実は、星の色というのは、表面温度で決まってくる。表面温度が高い星は青白っぽく、低い星は赤みがかった輝くのである。太陽は中間で、黄色みがかった白だ。温度が高いと青白いというのはなんだか矛盾して見えるが、それは海や水のイメージで涼しげな色という印象があるからであろう。光を可視光線という観点で考えて、青は波長の短い光=エネルギーの高い光、であるとみれば、ピンとくるのではないだろうか。

 まあこの辺りを詳しく論ずるときりがないので今回はこれくらいにして。そんなわけで、質量の大きな主系列星は、青白い色の星として見えるわけだ。


 さてここでちょっと話が飛んでしまうのだが、星の分類に、スペクトル分類というのがある。これは星からやってくる光を分光して、その中にみられる元素の吸収線などを元にして分類したものだが、奇しくもこれが星の表面温度と良く対応しているので、今は表面温度を示すものとしても使われる。少し枝系統などもあるのでここでは主系列星として輝くような星で使われる部分だけ紹介するが、表面温度が高い方からO,B,A,F,G,K,Mとなっている。アルファベットとしてはバラバラだが、そのへんは歴史的な事情がある。暗記するための語呂合わせも知られているのだが、これまた悪い意味で歴史を感じさせるものだったりするのでここでは割愛する。

 ともあれ、若い星の多い集団では、スペクトルで言うとO型やB型といったグループの主系列星が目立つわけだ。これらのスペクトル型の主系列星は寿命が数百万年とか数千万年のものが多いので、逆に言うと「こういう場所じゃないと、なかなかない」のである。もちろん、こういう場所に温度の低い、低質量の星がいないわけじゃないが、さっきも触れたように質量が大きくなるほど明るくなるので、こういう星は暗くて目立たない。

 というわけで、生まれたばかりの星の集団にはO型やB型の星が多い。若い星団もそういう傾向はあるが、これが星団ではない大きな星形成が起きている領域の場合、OBアソシエーションと呼ばれる。

 で、さそり座である。写真などで撮ってみるとわかりやすいのだが、さそり座を作っている明るい星は、どれも青白い。実は、さそり座のあたり全体が、一つのOBアソシエーションになっているのだ。星団とはまた違う。もちろん、あくまでさそり座というのは地球から見てたまたまそっちに見える星のまとまりでしかないので、関係ない星もいくらでもあるのだが、明るい星の多くはOBアソシエーションの構成員だ。理由?さっきも書いたようにこういう星は「明るい」から目立つから、といってしまっていいのではないか。


 じゃあこの集団はやっぱし、名前は「さそりOBアソシエーション」なんだろうか。というと、実はそうは問屋が卸さない。

 というのも、このOBアソシエーションは天空上に大きく広がって見えるため、星座としてはさそり座をはみ出て、となりにあるケンタウルス座にまで広がっているからだ。ケンタウルス座という名前はなじみがないかもしれないが、アルファ・ケンタウリという名前は聞いたことがある人も多いのではないか。太陽系に最も近い恒星系として知られる星だ。もっとも、この星はOBアソシエーションとは関係がない。たまたま手前に見えているだけであるが、この星がケンタウルス座のα星である。南の星座で日本からはほとんど見えないのだが。さらには、ほかの星座にもいくつかこのアソシエーションのメンバーの星がある。要するに、OBアソシエーションの一部だけを結んでできたものが、さそり座というわけだ。なので、このOBアソシエーションは「さそり・ケンタウルスOBアソシエーション」という名で呼ばれる。

 さてここでこんな疑問が浮かんだ方もいるかもしれない。

 アンタレスって、赤くなかったっけ。

 さそり座というと、一等星アンタレスが有名だ。さきほど写真を撮ってみると〜などと書いたが、おそらく青白い星が多いことより、このアンタレスがちょうどサソリの心臓あたりに赤く輝くほうが目を引くんじゃないかと思う。OBアソシエーションどこいった。たまたま同じ方向に見えるだけ?


 そんなことはない。アンタレスもこのさそり・ケンタウルスOBアソシエーションの一員である。

 じゃあなんで赤いんだ。表面温度が低い星は、質量が小さいんじゃないのか?

 そうなのである。しかしここで気を付けてほしい。主系列星に関しては、表面温度が高い=質量がでかい星ほど、明るいのである。逆に言うと、表面温度が低い主系列星なんてのはめちゃくちゃ暗いのだ。OBアソシエーションの星はたいてい距離も似通っているから、その中でひときわ明るいアンタレス、表面温度が低い主系列星ではないのだ。もちろん、うんと手前にあるそういう星というわけでもない。

 表面温度が低いはずなのに、明るい。しかも、ほかのさそり座の星は2等星以下なのに、この星だけ1等星である。どうしたらこうなるのか?

 話をひっくりかえせばよい。うんと大きければ、表面温度が低くても全体としては明るく見えるはずである。アンタレスは、とても大きいのだ。主系列星じゃないのである。


 質量の大きな星は寿命が短い、という話は先ほど述べた通り。なので、ほぼ同じ時期に大小さまざまな星が誕生すると、質量の大きな星から先に寿命が尽きていくことになる。

 まあこれ自体がOBアソシエーションなるものが成立する理由の復習みたいなものだがそれはそれとして、これは質量にかかわらないことなのだが、寿命がつきかけると星は大きく膨らむことが知られている。膨らんだ分、表面の温度は下がる。すると、赤く、巨大な星となる。これを赤色巨星と呼ぶ。その中でも半径が特に大きく、明るいものについては、赤色超巨星と呼ばれる。アンタレスはこの赤色超巨星なのである。半径が太陽の600倍くらいあると言われる。これは火星の軌道くらいに匹敵するので、太陽系で太陽のところにアンタレスを置くと地球は飲み込まれてしまう。

 さそり・ケンタウルスOBアソシエーションは場所によって星が作られた時代が多少異なるのだが、アンタレスやその回りのOBアソシエーション構成メンバーの場合、だいたい1100万年くらい前に生まれたと考えられている。アンタレスも、昔(数百万年前)は周りの星と同様、青白く輝く星だったはずだ。ところが、質量がやや大きかったため、回りの星たちより一足早く超巨星へと進化してしまったのが、今の姿というわけである。おそらく、近いうちに超新星爆発を起こすのだろうと考えられている。もっとも、「近いうち」というのが、明日か1万年後かはわからないのだが。

 さそり座、というかさそり・ケンタウルスOBアソシエーション、星が質量に応じて進化する姿をスナップショットしたような存在である。


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