アークトゥルス
今の時期、夕方に空を見上げるとオレンジ色の明るい星が天頂近くに輝いているのが目に付く。
どうもよくわからないなあ…… という人は、まず北斗七星を見つけてほしい。北斗七星といえば先の二つを伸ばして北極星…… なのだが、いまはそっちには伸ばさない。ひしゃくの持つ部分、よく見ると少し曲がってますね。あの曲がっている部分をそのまま、延長するような感じで伸ばしていくのだ。すると、オレンジ色の非常に目立った星に届く。これのことです。一度気づけば、北斗七星の星たちよりずっと明るく目立っているのですぐ目に付くんじゃないかと思う。
この星はうしかい座の1等星、アークトゥルスである。厳密には0等星で、全天では3番目に明るい星だ。別名は麦星。
なぜ麦星かといえば、そうですね。今はあんまり栽培している農家も少なくなってしまったけれど、地域によっては今でも麦を栽培しているところがある。そんな地域に住んでいる方だと、ちょうどいま麦畑が生い茂って収穫まぎわであるのが目に入ると思う。アークトゥルスが見ごろのころ、つまり夕方に良く輝いて見える頃にちょうど麦の刈り取りの時期になるのである。そういえば色も熟した麦の穂を日に透かした色に心持ち似ている。
このアークトゥルス、明るいオレンジ色ということからもなんとなく想像がつくように、いわゆる「赤色巨星」である。とはいえ、ベテルギウスやアンタレスほど表面温度は低くない。以前紹介した星の表面温度に対応したスペクトル分類だと、一番低いM型ではなくその次に低いK型に属する。
大きさもベテルギウスやアンタレスのように、太陽の数百倍あるわけではない。太陽の20倍くらい。なので、ベテルギウスなどは「赤色超巨星」ととくに言われるのに対し、アークトゥルスは「赤色巨星」である。同じ表面温度の星だと、大きい方から超巨星、輝巨星、巨星、準巨星、主系列星とわけられる。実際には中間みたいなのも多い。分類というよりは、序列といった方がふさわしいかもしれない。輝巨星というのは巨星にしては明るいということだ。
何でいきなり明るさの話が出てくるんだ、半径の話じゃないのか?と疑問に思われるかもしれない。確かにそうである。ちょっと横道にそれるけれど補足しておこう。
星の場合、表面温度が同じなら面積当たりの明るさは(だいたい)同じなである。そのかわり、温度が高くなると、面積が同じなら温度の4乗に比例して明るくなる。つまり、温度が2倍になれば明るさは16倍になるのですよ。
なので、同じ表面温度の星どうしで比べた場合、明るいということは、光のやってくる面積が大きい、ということである。それはつまり、星の半径が大きいということである。
実際には星の大きさをものさしで測るのは無理なので、これらの違いは明るさーもちろん見かけの明るさではなく絶対等級ーによって見出された。だから本来は「大きさの分類」ではなく「明るさの序列」というべきものである。
同じスペクトルでも絶対等級が異なれば全然星の性質や進化の段階も異なるというわけで、スペクトル型の後ろにこれらを示す記号を付けて二元分類をすることが多い。超巨星ならI。輝巨星ならⅡ。以下Ⅲ、Ⅳ、Ⅴとなる。太陽はG2Ⅴ。アークトゥルスはK2Ⅲ。ベテルギウスはM5Iab。超巨星は明るいもの(a)と暗いもの(b)でさらに細かく序列をつけるのでさらにいろいろくっついている。abはそのうちのaとbの中間…… なんだか本末転倒に見えるが、これはたまたまベテルギウスがその中間くらいの絶対等級だったせいである。
で、話が脇にそれてしまったけれど、アークトゥルスはただの「巨星」なので、ベテルギウスやアンタレスに比べたらだいぶ小さ目、というわけだ。
そんなあまり大きくはないアークトゥルスだけれど、面白い特徴がある。それは、非常に大きな速度で動いて見えるということだ。
星が動く、といってもなんだかピンときにくいが、恒星、などというけれど、実際に夜空の星が静止しているわけではない。恒星に対するコトバは惑星。これは年単位どころか月単位でも背景の星の間を動き回る。それはもちろん、地球と同じく太陽の周りを回っているので、相対的な位置がどんどん変わっていくからである。それと比べたら、恒星のほうは地球の自転や公転に伴う動き以外では位置は変わらないように見える。その証拠に、星座は去年も今年も同じ形をしている。
でもそれは、あくまで人間の寿命くらい時間スケールでの話だ。実際には恒星だって動いている。なので、星の位置も変化して見える。ただ、目で見てわかるほど動きがはっきりわかるためには何百年もかかるだけである。
ハレー彗星で有名なエドモント・ハレーは17世紀のひとだが、ギリシャ時代の星の位置の記録と比べて、いくつかの1等星の位置がずれていることに気づいた。他の星はきちんと精度よく記録されているのにそれらだけ動いているのは、星が本当に動いているのだろうと考えた。これは固有運動と呼ばれる。文字通り、星に固有で属する運動である。地球の自転や公転によって移り変わっていくように見える動きではない、運動だ。
この、ハレーが気づいた固有運動の大きい星の中の一つが、アークトゥルスであったのである。現在では、1等星の中では、アルファ・ケンタウリに次いで大きな固有運動を持つことが分かっている。アルファ・ケンタウリの固有運動が大きいのはある意味当たり前である。なんせ太陽系に一番近い恒星なのだから、見かけ上での動きが大きいのも当たり前である。
では、アークトゥルスは、どうか。
アークトゥルスまでの距離は40光年だから恒星の中では近い方ではある。でも、アルファ・ケンタウリの4.3光年に比べたらだいぶ遠い。じゃあなぜアークトゥルスの固有運動が大きいのか。それはつまり、アークトゥルスの固有運動の源である、空間を運動する速度そのものが、そもそも大きいのである。空間運動だ。似たような言葉ばかりでややこしいが。
とはいえ、これは実際にアークトゥルスの空間運動の「絶対的な」速度が動きが速いということを、必ずしも意味しない。その理由は簡単で、太陽系だって動いているのだ。
太陽系もアークトゥルスも、そのほかの夜空に輝く星たちは目では見えない星も合わせると何千億が集まって銀河系という大集団を形作っている。そして、この銀河系を構成している星は、ちょうど太陽系で惑星が太陽の周りを回っているように、銀河の中心のまわりを回っている。それは太陽系も例外ではない。例外になれる理由もないし。ただ、その太陽系に住んでいる私たちから見ると、太陽系に対する速度としてしか他の星の固有運動を観測することはできない。なので、固有運動として測定される速度は、あくまで地球に対する相対速度ということになる。
銀河系を作っている星は、主に薄い円盤状に集まっている。近くの星同士だとだいたい銀河の中を回る公転速度も似通っている(かなり大雑把な言い方であるが)。なので相対速度は実際の公転している速度に比べればずいぶんと小さくなる。
ところが、アークトゥルスの固有運動は大きい。どうしたら大きくなるか。たとえば、銀河の円盤から少し外れて傾いたような軌道で銀河系内を回っていたら、相対速度は大きくなるのである。
みんなが並んで歩いていると、「相対速度」はほとんどゼロである。ところが、同じように時速4キロで歩いていても、一人だけ斜めに歩いていたら、大きく移動していくように見えますよね。人間は歩いてることを意識してるから、そうは受け取らないけど、視野の中を大きく動いていく。アークトゥルスは、円盤から少し外れたところを公転しているメンバーなのである。
固有運動そのものはハレーが見つけたということでずいぶん歴史が古いが、その「速度」そのものが測れるようになったのはずっと後である。なにしろ、目で見てもそんなものはすぐには分からないわけだから。じゃあどうやって測るかというと、いわゆるドップラー効果を使う。星からやってくる光、特にその中に見える吸収線が本来の波長からどれくらいずれているかを調べることによって、星が太陽系に向かってどれくらいの速度で近づいたり遠ざかったりするかわかる。これには星のスペクトルを観測する必要があるので、測れるようになったのはだいぶあとなのだ。
星の空間運動が測られるようになって、星の中にはやけに空間運動が速いものがあり、遅いものとは性質が違うようだということが気づかれ始めた。これに気づいたのは、オールトという天文学者である。名前に聞き覚えがある人もおられるかもしれない。彗星の故郷が太陽系のうんと外側にあって雲のようにおおっている、という「オールトの雲」仮説を提唱した人である。
これをさらに推し進めたのが、バーデという天文学者である。バーデはおとなりのアンドロメダ銀河の構造を調べて、青白く明るい星が多いエリアと、赤っぽくてあまり明るくない星ばかりのエリアがあることに気づいた。そして、そのうち前者は我々の銀河系だと固有運動が遅い星、後者は速い星に対応するようだということを見出したのである。
このようにして、どうも星には二つの「種族」があるようだということが分かったのである。空間運動が遅いグループは種族I、速いグループは種族II、と名付けられるようになった。
それにしても、この違いは何なのだろう。現在では、この種族の違いは、星の世代の違いだということがわかっている。星にも一生がある。寿命の最後にさしかかると、星の多くはその大部分を吹き飛ばしてしまう。最後に中心部分だけが白色矮星とか中性子星とか、ときにはブラックホールなんてものになるとしても、割合としては少しである。
こうして吹き飛ばされた物質は宇宙空間にうすーく漂う。そしてそのうちになにかの引き金でこのガスが集まると、また星が生まれるわけである。星の輪廻だ。ただ、前と後の星で、まったく同じかというとそうもいかない。
星は核融合で輝いている。核融合というのは元素を別の元素に変えることによってエネルギーを作る方法である。どういう核融合が起こるかは星によっていろいろなのだが、基本的にはその名の通り原子核がくっつく反応なので、だんだん重い元素が出来てくる。いわゆる周期表でいうところの、後ろの方の元素が出来てくるのだ。
逆に、銀河系が出来たころには、重い元素はなかった。水素とヘリウム、そしてわずかなリチウムしかなかったのである。残りの元素、つまり私たちの体を作っている炭素や酸素、鉄、などは全部恒星がつくってくれたものだ。
種族IとIIの星を比べると、IIの星は空間運動のほかにも違いがある。それは、重元素がすごく少ないのだ。それは何を意味するか。種族IIの星は、種族Iより前に作られた星なのである。おそらくは、銀河系が出来て間もないころに。
ただしあわてて補足しておくと、おそらく種族IIは純粋な第1世代ではなくその前に今はほとんど残っていない第ゼロ世代(=種族III)が挟まっているだろうといわれている。わずかながらも、重元素があるからだ。ただ、この第ゼロ世代の星は非常に寿命が短かったと言われていて、今のところ観測的には見つかっていない。そのあとできたのが種族IIというわけで、銀河系とほぼ同じ年齢の非常に古い星を含むということには違いない。
で、アークトゥルスである。空間運動が大きいのはすでに見た通り。そして、金属の量も太陽の3割くらいと、かなり少ない。では、アークトゥルスは種族IIの星なのか?
そうであろう、としている文献も少なくない。せっかくここまで話してきたのだから、そうオチがついてしまえばきれいである。
でも実は、この辺りは難しいところである。実は種族Iにもいくつかサブ世代がある。種族Iの星は基本的に星がいっぱい集まっている円盤に分布しているのだが、この中で特に新しい星は非常に薄い円盤を形作っている。
ところが、比較的古い種族Iの星は、これに比べると少し厚みをもって、タテ方向に広がっている。そのため、種族Iでも空間運動が大きめになるのだ。これは「厚い円盤」と呼ばれるのだが、アークトゥルスはこちらに分類されるのではないか、としている文献もある。
どちらかははっきりしないとはいえ、アークトゥルスがかなり古い星である、ということだけは間違いないようだ。なのだが…… というところで今回の話は続く。
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