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「壁」を乗り越えた大学院生による有料トイレの設計 | わたしとトイレ設計01 ~special column~

■シリーズ紹介とご挨拶:special column わたしとトイレ設計

こんにちは、A-SPEC noteです。
今月から、スペシャルコラム「わたしとトイレ設計」をお送りいたします。

このコラムシリーズでは、出掛けるたびによく使うけれど実はよく知らない、街で見かける「トイレ」の設計の世界。そして、「トイレを考える人」のマインドやアイデアにフォーカスしていきます。

建築・建設に携わるみなさまに「トイレ設計にまつわるエピソードやお考え」を教えていただきながら、共に学び、考えていける場になるよう願っております。

(企画:鶴田 彩子)



「壁」を乗り越えた大学院生による有料トイレの設計

新潟工科大学 環境・デザイン研究室 倉知 徹 教授

トイレ設計の「壁」


「トイレの設計は、設計事務所に入所して最初の3年はひたすら図面を描きまくって身につけるものだ」

という言葉を、学生時代のオープンデスク(設計事務所等でのインターンシップ)で聞いたことがあります。

学生ながら、トイレ個室の寸法や様式便器の配置、男性用小便器、手洗いの配置、照明の設置などに多くのノウハウがあるのだと理解していました。また、非常に奥が深い世界であり、簡単に手出しできないのだろうと感じていました。

したがって、今回の「有料多目的トイレ(以下有料トイレ)」のプロジェクト ( 詳細は「宮町まんなかトイレ」の記事を参照 )が始まる際、正直不安が大きくありました。

燕市 産学共創スクエアの隣に佇む、有料トイレ「宮町まんなかトイレ」※2024年3月竣工



A-SPECとの出会い


そのような中、ゼネコン設計部に勤める大学の先輩から「LIXILがトイレの自動設計ツールを開発している」と聞き、渡りに船とはこのことかと思い、詳細を調べてみました。

それは「A-SPEC」というクラウドサービスで、パブリックトイレ空間を自動設計できるものであることを知りました。今回の有料トイレは、多目的トイレ1室を作るものであり、まさに今回のプロジェクトでも活用できるツールであると感じました。

新潟県燕市の中心市街地である宮町(みやちょう)では、2021年頃から敷地単位の建物更新やリノベーションなどにより、まちなかの整備が進んでいました。まちなかの整備の中で、空き店舗を解体してできた民有地に駐車場と広場を作り、その一角に有料トイレを作ることになりました。

宮町の、まちなかの整備の全体像(XX年時点)

2022年度に、研究室で広場と有料トイレの簡単な設計をしており、その際には多目的トイレを2室程度作る内容を構想していました。その後、利用頻度や維持管理を考え、多目的トイレ1室を作ることになりましたが、肝心のトイレの空間をどのように設計するかは決められていませんでした。

そのような経過での「A-SPEC」との出会いは、冒頭で述べた通り本当に"渡りに船"の状況でした。
 


BIMソフトとA-SPECを使った有料トイレの設計


有料トイレの設計は、2023年9月に始まり、11月末に建築確認申請を提出、12月中旬に着工、2024年2月頭に有料トイレ完成、2月末に外構工事完了といったスケジュールで取り組みました。

そして、有料トイレの設計は、大学の研究室で大学院生3名が中心となり、施工を担当する工務店、発注者と打ち合わせをしながら進めました。

関係者間で協議を行いながら、設計を進行

設計での課題は、
(1) 設計の経験に乏しい大学院生による設計
(2) 設計期間がかなり短い
(3)「有料」トイレとしてのあり方

という3点でした。

大学院生とはいえ、実務的な設計の経験はなく、さらに冒頭のようにトイレの設計には非常に奥深いものがあります。また、設計期間が短いので、施工容易性を確保しながら意思決定をスムーズにする必要もあります。さらに、「有料」トイレとしてどのような価値提供ができるのか、差別化ができるのかを見出すことも必要でした。

そこで、業務のフロントローディングが可能になり関係者との意思疎通・意思決定がしやすくなるBIMソフトを使うことにしました。

BIMソフトを使うことには、地方小規模工務店でのBIM導入の可能性を見極めることも意図しました。そして、トイレ空間の内部はA-SPECを活用することとしました。
 

有料トイレをつくりあげるまでの工程



大学院生の経験不足をどのように補うか


A-SPECは、平面寸法と必要な衛生器具を選ぶだけで、複数パターンの器具配置と特徴を出力してくれます。

設計を始めた当初は、有料トイレの平面寸法もはっきり決まっておらず、さまざまな平面寸法でA-SPECを使いました。

トイレ設計の経験がない大学院生にとっても、トイレの平面寸法を何通りか入力し、それに応じた器具配置パターンを出力してくれるA-SPECは、経験不足を大きく補ってくれました。

具体的には、
2,000mm×2,000mm
2,200mm×2,200mm
2,400mm×2,200mm
などの平面寸法を入力し、それぞれの器具配置と評価を確認しました。

ただ、トイレ設計の経験がない大学院生だと、平面寸法の妥当性の判断もできないため、大学内の多目的トイレを使い、車椅子に乗って入ってみたり、車椅子から便器に移動してみたりと実体験もしてみました。

これらの実体験によって、A-SPECの出力結果と評価を自分たちなりに解釈し、判断することが可能になりました。

【A-SPECによる空間評価と3Dモデル】
上:初期段階
下:最終段階
大学の多目的トイレでの車椅子体験 



「有料」トイレのあり方と短期間での設計


そして今回のトイレは「有料」トイレです。

有料であるためには、「無料」のトイレとの違いは何なのか、付加価値が必要なのか、いろいろな検討をしました。

この検討ではBIMソフトを活用しました。「有料」トイレであることの付加価値として、清潔感、明るさ、少し広めの空間的余裕を考えました。

また、まちなかの公共トイレの利用者として、乳幼児を連れた母親を想定しました。そのため、おむつ替えや子供の着替えがしやすいこと、ベビーカーのまま入れること、親が安心してトイレを利用できることが必要だと考えました。

これらの点について、BIMソフトを活用しトイレ空間を3Dモデルで表示させて複数案検討しました。もちろんトイレの器具配置はA-SPECを使いました。

最終の平面図
A-SPECからDLした図面を基に、詳細な位置を書き込みました

3Dモデルを作ることで、有料トイレとしての付加価値を可視化しながら検討することができ、今回の明るく清潔感のあるシンプルなトイレとして決定できました。

最終のBIMによる3Dモデル

また、3Dモデルを関係者で見ることで、イメージが掴みやすくなり、意思疎通が円滑に進み、短期間での意思決定をすることができました。

施主、施工企業、大学研究室による進捗報告会



「壁」を乗り越えたトイレ設計


今回の有料トイレ設計では、いくつもの「壁」がありました。

冒頭に記したトイレ設計の壁、経験不足の壁、時間がない壁、有料化としての壁です。

これらの壁を、BIMソフトとA-SPECを活用することで乗り越えることができました。むしろ、BIMとA-SPECがなければ壁を乗り越えられず、実現できなかったと感じています。

赤ちゃんを座らせておくベビーキープ。
「大便器からどのくらいの距離にあれば使いやすいか?」
ヒアリングして位置を決めました
おむつ交換台とハンドドライヤーをつけた面
宮町まんなかトイレを出入口方向から見たところ
通りからのぞむ、広場・宮町まんなかトイレ・産学共同スクエア

完成した有料トイレは、小さくシンプルで、一見すると存在に気づきにくいかもしれません。しかし、静かに佇む姿には、いくつもの壁を乗り越えた苦労が隠されています。出来上がった、この「宮町まんなかトイレ」が、地域に安心感をもたらし、地域が宮町らしく成長を続けていくことを願っております。

これらの壁を乗り越えるために、施工を担当いただいた株式会社丸山組、施主の株式会社つばめいとの皆様には、多大なご苦労・ご心配をおかけすることになりました。その他の関係者の皆様に、ここに改めて感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございました。


筆者紹介

■ 倉知 徹  (くらち とおる)
1975年 石川県生まれ
1998年 北海道大学工学部応用物理学科卒
2001年 同大学工学部建築都市学科卒
2003年 同大学大学院都市環境工学専攻修士課程修了
2006年 同大大学院都市環境工学専攻博士課程修了
2006年 神戸芸術工科大学デザイン学部助手
2011年 遠藤剛生建築設計事務所
2011年 関西大学先端科学技術推進機構特任研究員
2016年 新潟工科大学工学部助教、2024年から教授
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■ 2011年5月 一般社団法人日本建築学会 日本建築学会教育賞(教育貢献)
■ 2011年10月 特定非営利活動法人日本都市計画家協会 優秀まちづくり賞「はりまデザインラボ」
■2017年5月 公益社団法人都市住宅学会 都市住宅学会賞著作賞
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■関連リンク
建築・環境デザイン研究室紹介(PDF)


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