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靑生ふゆ
2021年11月30日 08:29
モン氏は帰路についていた。月は細く、不安になる。三億光年の旅がやっと終わったというのに。 モン氏の帽子はボロボロになって、足は痛いが、家に帰るのだ!三億光年と二歳になった鼠が待っていてくれる筈だ。モン氏はそれを考えると目を細めた。 この長い間、ずっと本当の星を探していた。 それはモン氏がかつて生活をしていた、この青い月が上る惑星でもなく、どんな美しい星々でもなく、流星群でも、小惑星群で
2021年11月3日 13:47
此処は月。 幾光年を越へて、やはり僕は戻ってきた。そう思って居たよ。 独り乗りのグリーンライト製宇宙船は故障している。月に暫くは暮らす定めだ。 僕はカプセルスイツのジップをしっかり口許迄上げ、立ち尽くした。方々を見る。「美しひところには、いつも海があるナア。」呟く。 凹凸が成した沢山の海。月の海達。 今僕は、そのうちの一つの砂浜に立っている。嘆きの海。昔の人は幾分も詩的だったのだな
2021年11月19日 05:57
僕には名前がない。 古い何処かの軍のコオトと、白いシャツ、目立たないやうに継ぎ当てしたズボンにこれも古いブーツ。伸びて目に掛かる髪。ノオトとペンと音の外れたギター。 それが僕の外形を成す物だ。けれどそれは僕の総てでは無い。 例えば、雨漏りの滴の音階を名前にしても良い。レシ、ド。 例えば、君が眠る前の最後の言葉を名前にするのも素敵だ。アスハ。 好きに呼んでくれて構わない。 とにかく、僕
2021年11月18日 04:37
鉄錆色をしたカーテンは閉じたままだ。 この部屋は、広すぎる工場地帯を通り過ぎてその工員と家族が住む団地群を抜けた先にある、地下室付きのアパートメントの一室で、僕は一年前から此処に居る。 此処だけに居る。 カーテンを開けないのだから光は差さない筈なのに、昼も夜も薄ぼんやりとした明るみがある。物の輪郭が少し見える。 僕の貌は、鏡でも視えない。 端が欠けたありふれたコップに水道から水を注ぐ。
2021年11月22日 09:56
無音。 僕。 それ、若しくは君。 此処は大きなおおきな湖の畔に立つ灯台の一等高い部屋で、僕は窓際にぼおと座っていた。 見ていた。 部屋は灯台の上部の空間を仕切って、リノリウムを敷いただけの円形で、外に開く窓が一つある。 窓には時折、梟の爺さんがやって来る。「やあ、なにか美しいことは?」それが口癖だ。広げると壁を覆い尽くしそうな羽根を持っていて、とても歳を取っている。 それ以外は