プラットフォームとフォリント
「むせび泣く」が、ようやく浮かんだ。
むせびなく むせびなく むせびなく
む・・・・む・・・・・M・・エムの音
そう、これだ。
ああ、思い出せてよかった。
電車が来る前に、文章が完結してよかった。
一瞬、これとは違う、Hの音を帯びた何かが思い浮かび、
すんでのところで、そちらを割り込ませてしまうところだった。
H・・H・・・
は・・・・は・・・・ ふ、 ほ
「ほ」だ、首をもたげたのは。
「ほ」
ほ ほ ほ・・・
「ほころぶ」
そう。
ほ こ ろ ぶ
「むせびなく」をはめ込むべき空白に、「ほころぶ」が収まりそうになったのを、寸止めしたんだ。
ほころぶ・・
ほ・・・H・・
行ったいどこから引っ張られてきたんだ?
「むせびなく」と張り合うほど意味や音が近いわけでもないのに。
お前さんは、どっから降ってきたんだ?
H・・ひ・・・ふ・・ほ・・・・ふぉ・・・・・
フォリントだ!!
ここ数日使っていた Forint。
空港に着いたらお茶を注文して一息つくのにちょうど足りるくらいのフォリントが残っているか、先刻、頭の中で数えてたんだ。
その「F」が尾を引いて、
「むせびなく」が一瞬押しのけられかけた。
でも、間一髪、Fの違和感を察知し、Mを取り戻したんだ。
そうかそうか。
なんだ、そんなことか。
ちょっと愉快だな。
旅の終わりの電車を待ちながら。
こんなことって、すぐに忘れるのだろうか?
どんどん消えゆくフォリントのように、
その存在は取り出すには不便なところ、
記憶の奥の奥にたたみ込まれてしまうのだろうか?
それとも時間が経つにつれ、
古い硬貨のように希少価値を煌めかせながら、
懐かしい匂いをさせながら、
焦がれる思いを掻き立てに、
気まぐれに表層に戻ってきたりするんだろうか。
どっちでもいいや。
なんだか愉快だな。
確かに満ち足りた気分で、向かいの壁に示されたブダペストの駅名を順繰りと目でなぞる。
旅の終わりの始まりを迎えながら。