【絵本レビュー】 『あのときすきになったよ』
作者:薫くみこ
絵:飯野和好
出版社:教育画劇
発行日:1998年5月
『あのときすきになったよ』のあらすじ:
おしっこをもらしてばかりいる「きくちさん」は、「しっこさん」と呼ばれている。なんとなくキライな「しっこさん」でしたが、小さな事件をいくつか乗り越えるうちに少しずつ仲良くなります。
小さなイジメやケンカは子どものまわりにたくさんあります。でも仲良しのきっかけもたくさんあると思える一冊です。
『あのときすきになったよ』を読んだ感想:
その子はクラスのみんなに「メガネ」と呼ばれていました。どぎついメガネの奥の目をいつもしばしばさせて、顎をつっと上げて話すのが特徴的な子でした。休み時間はいつも一人で本を読んでいるような静かな子でしたが、話し始めると止まらない、今考えるとちょっとオタク系な子だったと思います。
いじめの対象にはならないけれど、クラスで目立つ存在でもなく、でも彼女が授業中に発表するとクスッと笑う声が上がるような、そんな子でした。私もそんな風に彼女を見ていたと思います。
そんなある日、彼女が友達と話しているところに私が混ざったか、私が話していたところに彼女が入ってきたのか、はっきりしたことは覚えていませんが、彼女が言ったのです。
「だって私、〇〇ちゃん(私)のこと好きだもん」
私の頭の中にはてなマークが飛び散りました。あまりにも唐突だったし、そんなことを面と向かって言われたこともなかったので、すごくびっくりしました。
「なんで?」が私が精一杯考えた末に出てきた、なんとも情けない返答でした。
その日を境に私の「メガネ」に対する気持ちは変わりました。「好き」と言われて嫌な気持ちはしないし、またそう言われるとなんとなくその人のことが気になるものです。親友になることはなかったけど、それからは時々休み時間に彼女と話すようになりました。彼女のお家はお花屋さんであること、妹と弟がいること、お母さんがとてもスリムで、一番氏の弟が生まれた時、生まれる当日までお母さんが妊娠していたことに気づかなかったことなどを話してくれました。
私たちはそのまま高校に上がりまた一緒のクラスになりました。ある日私は友達と話をしていて、「アンナ・カレーニナを読みたいんだ」と言ったのです。すると一、二列離れた席で一人で静かに本を読んでいたメガネが、「あ〜、買って読み終わったら貸して」というではないですか。私はそんな離れたところで私たちの会話を聞いていたということにびっくりしたのですが、一緒に話していた友達はちょっと冷たい目線をメガネに送りました。私はそれを見てちょっと嫌だな、と思ったことを覚えています。でも勇気がなくて友達には何も言えませんでした。それで私はメガネの方を向いて、「まだ読んでないの?もうとっくに読んでると思ったよ」と声をかけました。メガネは本を閉じると、「だってものすごく長いから買う気になれなくて」と言ってケラケラ笑い、また読書に戻ってしまいました。
私はまだアンナ・カレーニナを読んでいません。でも今でもその本は私の読みたいリストに入っていて、それを考えるたびにメガネのことを思い出します。今でもあの時のように、気に入った人には「好きだよ」と言っているのでしょうか。今でもまだ私がアンナ・カレーニナを貸すのを待っているのでしょうか。
『あのときすきになったよ』の作者紹介:
薫くみこ
1958年、東京都に生まれる。児童文学作家。高島屋の広告デザイナーを経て、児童文学、絵本、童話の創作を始める。主な作品に「十二歳の合い言葉―12歳」シリーズ(ポプラ社)、『あのときすきになったよ』(教育画劇)、『ハキちゃんの『はっぴょうします』』(佼成出版社)、『ちかちゃんのはじめてだらけ』(日本標準)、『なつのおうさま』(ポプラ社)、「みんなでんしゃ―赤いでんしゃ」シリーズ(ひさかたチャイルド)、近著に『しらゆきちりか ちっちゃいな』(PHP研究所)、『歯っかけアーメンさま』(理論社)、「スパイガールGOKKO」シリーズ(ポプラ社)など多数。ENEOS童話賞選考委員。