【絵本レビュー】 『うがいライオン』
作者:ねじめ正一
絵:長谷川義史
出版社:鈴木出版
発行日:2010年7月
『うがいライオン』のあらすじ:
「百獣の王」の名に恥じぬよう、威厳を保っている動物園のライオン。たまには、と転んでみせますが…。
『うがいライオン』を読んだ感想:
ライオンは ライオンらしく きばを むき つよそうに みせている
私たちは誰でもいつもどこか演じているのではないでしょうか。タイトルから想像していた内容とはかなり違って、なんだか胸の奥の方にすーっと何かが落ちて来たような、そんな気持ちになりました。
何度か書きましたが、中学に入ってから26歳で家を出るまで、私は父とうまくいっていませんでした。そんな人はたくさんいるかもしれませんから、私は自分の状況が特別だったとは思っていません。ただ私にとって家はとても居心地の悪いところでした。部屋にいても、いつ父が来て文句や嫌味を言って来たりするかわからないのであまりのんびりできませんし、機嫌を悪くした父が書道の昇段試験や展覧会用の作品をぐちゃぐちゃにしたこともあったので、いつ何を責められるのだろうかという変な心のざわつきがいつもあったのです。
それを知られたくない、と子供ながらに私は思いました。それで学校ではどちらかというと軽めなおちゃらけた私を演じていたのです。幸い六年間同じクラスだった小学校を卒業し入った中学では、私の父を知っている人はいません。自分を変えるのにはとてもいいタイミングだったのです。
その頃ハマってこっそり買って読んでいた『シニカル・ヒステリー・アワー』の真似をしてちょっとドライな辛口コメントをおちゃらけながらすると、周りのみんなは大笑い。いつの間には「〇〇はいたずらっ子」というタイトルがついていました。本当は全然面白くない私なのですが、みんなが笑ってくれるとやっぱり嬉しくて、どんどん笑いを取れそうな言い回しが浮かんでくるんです。おかげで友達も増えました。
でもやっぱり心の底では、「これは私じゃないのにな」と思っていたのです。そして同時に、家に帰った時の父の機嫌はどうだろうか、なんて考えていました。
「家で父にぶたれて泣いている私のことなんて、みんな想像もできないだろうな。」
そう思うと、学校で違うキャラを演じている自分がちょっと嫌いになりました。
海外に出て自分の人生をゼロからやり直すことになり、私はまた変わりました。父との問題を話しても引かずに聞いてくれる友達にも出会いました。話すことができるようになったら、家と外で自分を変える必要も無くなっていました。私は私。いい日も悪い日も、全部私。
そして学生時代に作り上げたコメディアンな私は、いつしか私の一部となっていました。今もワークショップやパフォーマンスで大勢の人たちの前で話す時、私はちょっとシニカルな冗談で笑いを取ることに密かな楽しみを見つけました。笑ってもらえるとなんだか距離が縮まるような気がするのです。どんな経験も無駄になることはありませんね。
『うがいライオン』の作者紹介:
ねじめ正一
1948年、東京都生まれ。詩人、作家。詩集『ふ』によりH氏賞を受賞。また小説『高円寺純情商店街』で直木賞を受賞。他小説に『熊谷突撃商店』『荒地の恋』『ナックルな三人』(共に文藝春秋)、『むーさんの自転車』(中央公論新社)など、詩集に『ねじめ正一詩集』(思潮社)など著書多数。児童書には『ひゃくえんだま』『からっぽマヨネーズ』(共に鈴木出版)、『かあさんになったあーちゃん』『がっこうのうた』『あいうえおにぎり』(共に偕成社)、『ずんずんばたばたおるすばん』『ゆかしたのワニ』(共に福音館書店)などがある。
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