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【絵本レビュー】 『しろくまちゃんのほっとけーき』

作者:森久志/わだよしおみ
絵:わかやまけん
出版社:こぐま社
発行日:1972年10月

『しろくまちゃんのほっとけーき』のあらすじ:

まあるくて、大きくて、ふわっふわのほっとけーき。
焼きたてほかほかのほっとけーき。
おともだちと一緒に食べるほっとけーき。

『しろくまちゃんのほっとけーき』を読んだ感想:

私が最初にホットケーキを見たのは幼稚園の時でした。同級生のお弁当の中に入っていた三角形のふわふわしたものを見た私は、とても興味を惹かれました。当時の私はとても食が細く、あまり食べ物に興味が湧かなかったのですが、そのクリーム色のふわふわしたものは甘い香りを漂わせ、とても魅力的に見えました。

その同級生はちょっと意地悪な女の子で苦手だったのですが、そんなことも忘れるくらい私はその食べ物に吸い寄せられていました。だから考える間も無く「それはなあに?」と聞いていたのです。その子にとっても予期せぬ質問だったのかもしれません。いつもの意地悪でツンとした態度とは裏腹に、とても素直に「ホットケーキ」と教えてくれました。私はその言葉を大切に手に包んでしまっておきました。うちに帰ったら父に作ってもらおうと思ったのです。

突然、「一個あげるよ」とその子が一切れ私の方に差し出してきました。今度は私がびっくりする番でした。戸惑いながらもホットケーキを受け取って、三角形の端っこを噛んでみました。それはしっとりとしていて、かすかに甘みがありました。食べたことのない味でした。うちで甘いものといったら時々食べるナッツ入りチョコとソフトクリームでしたから、卵と牛乳とバターの混ざった味など味わったことがありませんでした。ちなみに私は乳製品が苦手だったので、もし牛乳が入っていると知っていたら、口にしなかったかもしれません。

ホットケーキはあっという間に私のお腹に収まり、私は早く家に帰って父に教えたくて仕方がありませんでした。この時期、私は幼稚園でお昼ご飯を食べませんでした。担当の先生が残してはいけない方針で、私は食べきれないことが心配で一度幼稚園から脱走してうちへ帰ったことがあったので、お弁当を持って行かず、お昼の時間はただみんなと一緒に座っていただけでした。なので、家について開口一番「ホットケーキが食べたい!」と言った私に父は大感激し、早速下のコンビニにホットケーキミックスを買いに行ったのでした。

ところが問題がひとつ。父はホットケーキなんて作ったことがなかったのです。虫眼鏡で箱の横の作り方を見ながら悪戦苦闘し、とうとう出来上がりました。ただそれは、同級生が食べていたような綺麗な茶色とクリーム色のふわふわではなく、黒くてうすっぺたいレンガみたいなものでした。でも父は得意そうにしています。私はその黒いものにマーガリンを塗って食べました。焦げた味がして、あまり美味しいとは思いませんでした。

そのあとも何回か父はホットケーキをお弁当に入れてくれました。それはやっぱり焦げていて、お弁当箱には黒いホットケーキしか入っていませんでした。だからやっぱり私は全部食べられなくて、先生が気づく前に蓋を閉めてお弁当を片付けました。そしてまた私は幼稚園にお弁当を持って行かなくなりました。

でも私は父に美味しくないとは言えず、父はそれからもしばらくホットケーキを作ってくれました。何度作っても焦げてしまって改善の兆しは見えませんでしたが、父は毎回得意そうに作ってくれたので、私が父のホットケーキが嫌いだとは結局知らなかったと思います。六年生くらいになって、私は自分でホットケーキを作るようになりました。幼稚園の時に見たあの一切れを思い出すようにして、焦げないように気をつけて作りました。私が作ったホットケーキを今度は父が食べました。「うまいうまい」と言って食べ、それからしばらく週末のお昼は私の作るホットケーキでした。

不思議なことに今でもホットケーキを前にすると、同級生の食べていたふわふわのものではなく、父の作った焦げ焦げのものを思い出すのです。



『しろくまちゃんのほっとけーき』の作者紹介:


森比佐志
1917年、神奈川県生まれ。日本の児童文学作家、翻訳家、教育評論家。もりひさし名義を用いることもある。 本名、森久保 仙太郎(もりくぼ せんたろう)。小学校教師をする中で絵本に出会い、こぐま社設立に参加。絵本の創作、翻訳に携わる。「こぐまちゃんえほん」シリーズの集団制作に、わかやまけん、わだよしおみと共に参加。 創作絵本に『ちいさなきいろいかさ』(にしまきかやこ絵/金の星社/産経児童出版文化賞受賞)、翻訳絵本に『はらぺこあおむし』(エリック・カール/偕成社)など多数。日本児童文学者協会名誉会員、前・共栄大学教授。2018年逝去。


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