【絵本レビュー】 『びっくりたまご』
作者/絵:レオ・レオニ
訳:谷川俊太郎
出版社:好学社
発行日:1996年5月
『びっくりたまご』のあらすじ:
石ころ島に住んでいるかえるのジェシカは、面白がることが大好き。ある日見つけたにわとりの卵を持ち帰ってきました。でも、卵が割れてそこからでてきたのは・・・。
『びっくりたまご』を読んだ感想:
この絵本は私たちにちょっとしたチャレンジを与えてくれています。もしあなたが「にわとり」と思っているものを別な人が「わに」と呼んでいたらどう思いますか。面白いと思うかもしれません。何を言っているんだと思うかもしれません。自分の考えに疑問を持つかもしれません。
私たちの毎日の生活でも、こういう場面ってありますよね。でも大抵の場合、私たちはその状況の中にいるので、状況を外から見ることはありません。だから面白がったり腹が立ったりするでしょう。
わかるから わかるのよ
カエルのマリリンは、ジェシカが石だと思ったものを「にわとりのたまご」と言い切ります。マリリンにとってこれはたまご、しかもにわとりのたまごであることは疑いがありません。それを信じたカエルたちは「わに」を「にわとり」と呼び続けます。この「わかるから わかるのよ」は、私たちの考え方にも影響しているように思います。そして「わかるから わかるのよ」という代わりに「常識」という言葉に置き換えられることもあります。
「常識」と言われると社会的に認められたルールみたいに感じてしまいますが、本当にそうなのでしょうか。
海外に住み始めると、いろいろなことが、かつて日本で機能していたようにはいきません。スーパーへ行けば、店員さんが商品の前にドカンと居座って商品を補充しています。お客さんが通るからと通路いっぱいに置かれたカートをどかしてくれることはありませんし、店員さんが終わるまでどいてくれることもありません。目の前の商品が取りたければ、「済みません」と言ってどいてもらわなければならないのです。また、レジに行っても日本のようににこやかに挨拶してくれることも稀です。店員同士や知り合いのお客さんと話し続けていることだってあります。会う約束をした人がドタキャンすることもしょっちゅうあります。
最初のうちは戸惑いました。「なんて常識外れ!」と腹が立った時もあります。でも落ち着いて周りを見ていると、どこへ行っても同じ状況なのです。そこで私は自分を疑い始めました。私だけが違う見方をしているようです。私の思う「常識」はここでは常識ではありません。店員さんは仕事をしているのだから、そこにあるものが欲しければ頼んで横にどいてもらう。店員さんから挨拶して欲しければ、こちらからも挨拶をする。約束はしたけれど、無理をしてまで約束を遂行する必要はない。全て一からやり直しです。
でも気がついたのは、常識は私自身が設定しているということ。私が決めた常識であって、世界共通のルールではないのです。とするとそれは「常識」ではなくて、「私に都合のいいルール」ですね。ならば、世界にいる人の数だけ常識も存在するかもしれません。じゃあ一体、常識ってなんでしょう。
グループを作るとそのグループ内の常識というのも生まれます。三匹のカエルたちにとって「わに」が「にわとり」であることは共通の認識でした。だからわにのお母さんが「わたしの かわいい わにちゃん」と言ったことを笑いますね。私たちも同じです。
旦那が日本に行くと私はソワソワします。電車の中でも大きな声で話す(彼にとっては普通の声)し、家の中もずしずし歩くし、お店でも「紙の無駄だから包まないで」なんて言っちゃったりします。これも私が日本で生まれ育った過程で刷り込まれた「常識」で、日本の社会に都合のいいように作られた考え方ですよね。だから彼にとっては常識でもなんでもないわけなのです。そんな彼、または外国人一般を指して「わかってないよね」とか「空気読めないよね」なんて笑っている私たちは、この三匹のカエルとなんの違いもありません。
もしかしたら私たちは「常識」という名前の元に考え方や視野を狭めているのかもしれません。同じ考え方をしない人たちを「非常識」と分類して、その人たちがどんな考え方をしているのかを知る機会を、自ら絶っているのかもしれません。
「常識」という考え方をやめると、「こうあるべき」という考え方からも自由になります。こうあるべきものがなくなると、どんな状況もあるがままに受け入れられるようになるので、イライラがだいぶ減ります。ウィンウィンではないですか。
ああ、今日も旦那がお米をお湯で洗っています。私は、寒い冬にお米をお湯で洗って父にこっぴどく叱られたことを思い出しました。でも旦那を叱る前に一呼吸。これってもしかしたら私の父の常識だったかもしれないですよね。気にしない、気にしない。洗米は旦那に任せて、私は野菜でも切るとしましょう。
『びっくりたまご』の作者紹介:
レオ・レオニ(Leo Lionni)
1910年オランダ アムステルダム生まれ。イラストレーター、グラフィックデザイナー、および絵本作家として、米国でもっとも活躍した芸術家のひとり。「あおくんときいろちゃん」(至光社刊)「スイミー」「フレデリック」「アレクサンダとぜんまいねずみ」「さかなはさかな」「うさぎをつくろう」「じぶんだけのいろ」(以上好学社刊)などの作品がある。1999年没。