【絵本レビュー】 『ねずみとくじら』
作者/絵:ウィリアム・スタイグ
訳:せたていじ
出版社:評論社
発行日:1976年12月
『ねずみとくじら』のあらすじ:
ねずみのエーモスは船をつくり憧れの海に出た。ところが興奮のあまり海に落ちてしまう。船とはぐれてしまい、あきらめかけた時、くじらのボーリスに助けられる。ボーリスに故郷へ送ってもらう間に二人はすっかり親友となった。何年か後、嵐にあい、今度はボーリスがエーモスのすむ浜べに打ち上げられてしまう・・・
『ねずみとくじら』を読んだ感想:
私のスペイン生活の始まりは予想と大幅に違いました。その前に住んでいたシドニーで知り合ったスペイン人の友達が母国へ帰ってしまったのですが、スペインからしょっちゅうメッセージが送られてきて、スペインに来ることを勧められました。その人のお母さんが大学で働いていて、ちょうど翌年の秋に新しく修士号のコースが開催されることになり、生徒を募集しているという情報を教えてもらいました。
「スペイン語がもっと上達するよ」
「勉強も助けてあげるから」
「部屋もあるから心配しないで大丈夫」
そんな言葉を鵜呑みにして、結構うまく行っていたシドニーでの生活を断ち切ってスペインへ移住することになりました。ロンドンからシドニーへの大移動してからたった一年半後のことでした。スペインへ行くという報告をすると、母は呆れて笑いました。
スペインに着くといろいろなことが想像とはだいぶ違いました。まず、ほぼ英語が通じません。人はうるさいし、コーヒーは苦いし、クロワッサンは鉄アレイのように大きくて重いのです。そして道にはスリがたくさんいました。私は到着後二日目に財布をスられてしまいました。クレジットカードは全部止め新しいものを申請しましたが、それが届くまでには一ヶ月近くかかります。運転免許証は日本でしか更新できません。しかも一年以内にしないと新規申請となり、今あるゴールド免許も青免許に変わってしまいます。言葉もほぼ通じない国での始まりは、すでに雲行きが怪しかったのです。
秋の大学が始まるまでの三ヶ月近く私は朝と午後に二つの語学学校へ通いました。相手の言っていることはわかるようになってはきましたが、まだまだ話せるという段階ではありません。しかも家では友達と英語でしたから、進みもさらに遅かったのです。でもそうこうしているうちに大学院が始まってしまいました。
前期のクラスは四つ。週に授業はたった四つ、と思った私は甘かった。一番最初の日、私は簡単に撃沈されました。先生の言っていること、同級生の言っていることが全然わからないのです。さらにこの修士号はスペインの近代史なのですが、私は「フランコ政権があった」ということくらいしか知らなかったのです。自分の無知さを思い知らされました。他の同級生は近代史の中でも専門課題を持っている人たちです。ただビザのためだけに来ていた私とは桁が違います。二時間近い授業が終わると、私は歩くのもやっとなほど疲れていました。そんな授業が週に四回、そして各授業から毎週五、六十ページほどの読む課題が出ます。
私は家で朝から晩まで辞書を引く毎日を送るようになりました。スペインでの新生活を楽しむ余裕なんてありません。「カフェに行こうよ」という友達の誘いにも仕方なく同伴しましたが、課題のコピーと辞書を持ってゆき、友達と会話という感じにもなりません。そしてどんなに頑張ってもせいぜい二、三ページしか読めませんでした。
「こんなはずじゃなかった」と思ったのは私だけではなかったようです。シドニーにいた私をはるばる呼び寄せた友達も後悔し始めたようでした。スペインに移住して半年ほどした時、その友達に恋人ができたことをきっかけに、「家を出て欲しい」と頼まれました。崖下に蹴落とされたような気持ちがしました。大学の課題に追われていた上、スペイン語もまだまだだった私は、友達の家にいさせてもらえたおかげで、なんとか貯金で暮らせていました。いったいどこへ行けばいいのでしょう。「友達なんて信用ならない」そう思うと、「助けるから」と言った友達を信用した自分に腹が立って泣けて来ました。
そんな時、その友達のお母さんが「うちに来なさい」と声をかけてくれてくれました。他に選択肢のなかった私は、スーツケースに荷物を詰めると、そのお母さんのうちへ行きました。お母さんは子供達のいなくなったマンションに一人で住んでいました。私は友達のお兄さんが住んでいた部屋を与えられました。最初の日の夜、夕食の席で友達のお母さんは「本当にごめんね」と言って、執着心が強く飽きっぽい娘さんのことを謝りました。私の怒りはその友達へは向いておらず、自分自身の馬鹿げた決断に腹をたてるのみでした。
それまではその友達の友達しか知りませんでした。でもいつも友達経由であっていましたから私は連絡先を知りません。そんな時急に携帯が鳴りました。いつもみんなで会っていたグループにいたRでした。散歩に行こうという誘いでした。彼のことはあまり知らなかったし、英語が話せないのはわかっていましたから一瞬迷ったのですが、うちに籠っているのも惨めだったので行くことにしました。
約束の場所に着くともう一人グループにいたNさんもいました。三人で川沿いをぶらぶら歩き、私は二人が色々と話しかけてくれるのをただ聞いていました。二人とも私の短い返事に退屈する風でもなくニコニコしながら話し続けていました。そしてその散歩は定期的に行われるようになりました。時には彼らの家に呼ばれて一緒にお昼や夕飯を食べたり、映画を見たりしました。
少しずつ話せるようになって、私はRとNさんに自分を責めていることを話したのですが、その時Nさんが言ってくれたことが今も忘れられません。
心の傷は友達がいれば癒してくれる。本当の友達は利害関係がないから、あなたから何か得ようとはしない。
この二人はそのあとも私が大丈夫になるまで散歩を続けてくれました。Rに至っては、夏の休暇に連れて行ってくれたのです。車で八時間の道を私は副操縦士として同伴し、彼はほぼ八時間話しまくり、私は「へえ」、「そうなんだ」と「どうして?」を順繰りに言っているだけというおかしなコンビとなりました。もちろんRの親戚の家でも珍しいお客ということでとても親切にしてもらいました。この十日間で得たものは、一生忘れられない友達と、スペイン語の集中特訓だったのです。
あの時二人が私にしてくれたことは絶対に忘れません。いつかきっと私が役に立つ時が来るはずだと信じています。
今日はRの誕生日。久しぶりに電話をしてみることにします。
『ねずみとくじら』の作者紹介:
ウィリアム・スタイグ (William Steig)
1907年アメリカのニューヨーク市生まれ。ニューヨーク市立大学とニューヨーク・デザイン・アカデミーで学び、23歳のとき時事漫画家としてデビュー。28歳で子供向けの本に手を染めて以来、絵本作家・物語作家としても活躍。「ロバのシルベスターとまほうのこいし」(評論社)でコールデコット賞・ニューベリー賞、「アベルの島」(評論社)でニューベリー賞を受賞。