【絵本レビュー】 『ありがたいこってす』
作者/絵:マーゴット・ツェマック
訳:わたなべしげお
出版社:童話館出版
発行日:1994年11月
『ありがたいこってす』のあらすじ:
昔、貧しい男が、母親とおかみさんと、6人の子どもたちと一緒に、ひと部屋しかない小さな家で暮らしていました。あまりに家が小さいので、男とおかみさんは言い争いばかり、子どもたちはけんかばかりで、そのうるさいこと! がまんならなくなった男は、とうとうラビのもとへ相談へ。ラビは、男が飼っているひなどりとおんどりとがちょうを家のなかに入れて、一緒に暮らすように言います。はたして、男の暮らしはよくなるのでしょうか?
『ありがたいこってす』を読んだ感想:
「何日もご飯が食べられない子もいるんだぞ!」
これは嫌だとか、この味付けは好きじゃないなどと食事時に文句を言うとよく父が言っていたことです。
当時の私にはその状況を想像することは難しいことでした。そのあと黒柳徹子さんがアフリカでお腹をすかせた子供たちに話しかけている映像を見ても、あまりにも遠い世界のことのように感じて、やっぱり父の言葉を理解することはできませんでした。
「私の目の前には食べられないくらいのご飯がある」
そう思っていたのだと思います。
もちろん今はわかります。父が言っていたことも、その通りだとさえ思います。でも目の前に見えてないことをどうやって想像したらいいのでしょう。私たちはいつだって今に生きていて、今ある問題に対して不満を持つものでしょう。自分が持っていないものを他の人が持っていたら、不平の一つも言いたくなるかもしれません。
「いつまでもあると思うな親と金」
これも父がよく言っていたことです。
両親と住んでいた時、私は家賃や電気代のことを心配する必要はなかったし、父からお小遣いをもらえなければ母に頼めばいいと思っていました。今家を出て家族を持つ身になり、私は子供の時いかに恵まれていたかに気付かされたのです。食べたいものはいつでも食べられたし、読みたい本があればすぐに買ってくれました。大学にも、説得せずにすんなり行かせてもらえました。家賃だって学費だって、私は一体いくらかかっていたのか知りません。でも今、息子の学校選びをするにあたり、公立と私立の値段の違いに気づかされ、親に感謝の気持でいっぱいです。
家もそうです。ここ数年ベルリンは家賃がものすごく上がり、同じ広さのアパートでも値段が倍くらいになっています。子供達が大きくなっても個室をあげられるような大きなアパートに移ることは本当に難しく、子供四人が一部屋に押し込められているというのはよくある話です。そしてその人たちが引っ越せないので、カップルから子持ち家族になった人たちも行く先がない状況なのですが、これも私は経験がなく育ちました。家が小さくなったら親について引っ越すだけだったし、いつだって私は自分の部屋があったからです。
ありがたいこってす。
身を以て知ると言いますが、とかくすると今あるものに感謝することを忘れがちです。他に、どこかにより良いものがあるはずだから。本当に何もなくなって初めて、あるものに感謝できるようになるというのも皮肉な気がしますが、人間ってそういうものなのでしょうか。
大学に入ってバイトをするようになって、私は毎月洋服を買うのが楽しみになりました。給料日の週末は大抵服探し。一週間以上同じものを着なくてもいいくらい服がいっぱいあったのに、毎月私は「服がない」と文句を言っていました。朝「着るものがない」と半泣きになって授業に遅れそうになったことが何回あるでしょう。その度に母に「何言ってんの」とバカにされましたが、私の頭の中では本当に「服が足りてなかった」のです。
それで毎月服を買っていたのですが、ある日日本を出ることになり、私はスーツケース一個に人生の全てを詰め込まなければなりませんでした。風船みたいに膨らんだスーツケースは明らかに重量オーバーで、超過料金はびっくりするくらい高かったので、中のものを出さなければなりませんでした。そのほとんどは服でした。半分近くを取り除かなければならなかったのですが、チェックインの時間も限られているので、私は目をつぶって泣く泣く服を出しました。
「服無しでどうしたらいいんだろう」
真剣にそう思っていました。結局私は、部屋着以外にズボン三本、セーター三枚ほどでそのあと六ヶ月を過ごしました。余裕で。冬にあまりにも寒くなって少し買い足した気がしますが、節約生活だったので増えたのは厚手のセーター一枚くらいだったと思います。
家賃にも食費にも気を使わなくてよかった実家時代だったから私は毎月服が買えたのでしょう。そしてあの時本当に服の選択がなくなって初めて、「着る服がない」生活とは何かも理解できました。
もちろん安全な環境を作ってくれた両親に感謝なのですが、果たして私は同じ環境を息子に与えてあげることができるのでしょうか。食べること、寝ること、着ることなどどれも日々の当たり前のもののように思えますが、それを整えるのことは実はそんなに簡単でもないのです。そう考えると、親というのはすごいなも思います。
あったらいいなあと思うものはいっぱいありますが、今日ここに私がいられることの全てに、ありがたいこってす。
『ありがたいこってす』の作者紹介:
マーゴット・ツェマック(Margot Zemach)
1931年、米ロスアンゼルスに生まれる。米国の児童文学作家、挿絵画家。
アメリカとウィーンで学ぶ。自作の「Self-Portrait自伝」(’78年)における豊かな描写力でアンデルセン賞を受賞。夫ハービイ・ツェマックの作品「はんじさん」(’67年)、「ダフイと小鬼」(’73年)、シンガーの作品「メイゼルとシュリメイゼル」(’67年)等の挿絵も描き多数の賞を受けている。他の作品に、自作「ありがたいこってす」(’79年)。1989年逝去。
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