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【絵本レビュー】 『山ねこおことわり』

作者:あまんきみこ
絵:北田卓史
出版社:ポプラ社
発行日:1977年4月

『山ねこおことわり』のあらすじ:


松井さんはタクシーのうんてんしゅです。松井さんのタクシーにのったお客は、なんとせびろをきてネクタイをしめた山ねこだったのです。

『山ねこおことわり』を読んだ感想:

大好きなあまんきみこさんの一冊でしかもネコときたら、もう読むしかないでしょう。

この絵本でハラハラしたのは運転手の松井さんですが、私がタクシーに乗ってハラハラしたのはメキシコでのことです。その夏私は友人を訪ねて、クエルナバカ(Quernavaca)という所に行きました。そこへ行くにあたり、クエルナバカ出身の友人からある連絡先をもらっていたので、その人を訪ねることになったのです。ただ私の友人の家からその人の家までは、車で行くしかありません。そこで友人がタクシーを呼んでくれることになったのですが、まず注意されたのは、「外人とバレるとボラれる」ということでした。私の純日本人顔ではどうやっても外人であるとバレてしまうような気もしましたが、私は真面目な顔をして頷きました。友人が電話で確かめたところによると、彼女の家から目的地までは25ペセタで行かれるとのことだったので、私たちは「ベインティシンコ(25)」を何度も練習しました。私は当時スペイン語を全く話せなかったので、無謀というか恐れ知らずというか、若いというのは恐ろしいものです。

さてタクシーが来ました。友人が運転手と話をして再度金額の確認をしてくれ、いざ乗り込むことに。それまで日本やロンドンの黒キャブに慣れていた私は、その小ささと埃っぽさに驚きながらも、ただ無事に目的地に着くことだけを願っていました。クエルナバカはメキシコでも割と穏やかな街ですが、それでも日本人ビジネスマンが誘拐されたこともあったそうです。運転手さんはミラー越しに物珍しそうに私を見ていましたが、意を決したように話し始めました。「どっから来たんだ?」これは滞在中毎日のように道で聞かれたので、すっかり覚えた質問です。「日本、でもイギリスに住んでる」と私は応えました。これももう50回くらい繰り返したのですっかり覚えました。「ああ」そう言って運転手さんはちょっと様子を見るように黙り込みましたが、私が話し続ける様子を見せなかったので、また何か言って来ましたが、私のスペイン語能力はそれがマックスでした。私はそのほかに覚えていた「eh, ¿sí?(ああ、そうなの?)と返すと、思った通り的外れの返答だったため、それ以上話しかけられることはありませんでした。

ただ道は街を離れてゆき、埃っぽい道の静かな住宅地に入って行っていることが私の不安を募らせました。「誘拐されて指とか切られたらどうしよう。。。」変なことばかり頭に浮かんできました。今のように携帯でグーグルマップが見れる時代ではなかったので、こんなところに置いてきぼりにされたら帰れない、心臓はドキドキしてくるし、緊張しすぎて気持ちも悪くなりかけた時車が止まりました。「ここだよ」と運転手さんが言います。私たちは一軒の家の前にいました。私は勝手に募らせた恐怖にまだゼーゼーしながらお礼を言って、いくらか聞きました。

「?」彼が言ったのは知らない数字でした。私は唯一知っている数字「ベインティシンコ」と言います。運転手さんはまた何か言いましたがさっぱりわかりません。私には「25ペセタという約束だ」と言うすべもありませんでしたから「ベインティシンコ」を九官鳥のように繰り返します。数回のやり取りの後彼は諦めたようにため息をつくと「ベインティシンコ」と言いました。私の知っている数字です。「グラシアス!(ありがとう)」と飴をもらった子供みたいに笑顔を作りお金を渡すと、誘拐される前に(まだ妄想中)車を飛び降りました。目的地の人の家に入った途端どっと緊張が解け、冷や汗をかいたものでした。

不思議なことに帰りのことは覚えていません。その家の人が送ってくれてはいないのでまたタクシーで帰ってきたと思うのですが、全く記憶にないので、きっと行きのような怪しい感じではなかったのでしょう。あれから15年ほど経ちますが、未だにあのタクシーほどスリルを味わったことはありません。

『山ねこおことわり』の作者紹介:

あまんきみこ
1931年満州に生まれる。坪田譲治主催の童話雑誌「びわの実学校」の同人となり、1968年『車のいろは空のいろ』で第1回日本児童文学者協会新人賞、第6回野間児童文芸推奨作品賞を受賞。作品に『おにたのぼうし』(ポプラ社刊)『きつねのみちは天のみち』(大日本図書刊)『ふうたのはなまつり』(あかね書房刊)他多数。エッセイ集に『空の絵本』(童心社刊)がある。京都府在住。

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