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【絵本レビュー】 『よあけ』

作者/絵:ユリー・シュルヴィッツ
訳:瀬田貞二
出版社:福音館書店
発行日:1977年6月

『よあけ』のあらすじ:

山に囲まれた湖の畔、暗く静かな夜明け前。おじいさんと孫が眠っています。沈みかけた丸い月は湖面にうつり、そよ風の立てるさざ波にゆらめきます。やがて水面にもやが立ち、カエルのとびこむ音、鳥が鳴きかわす声が聞こえるようになると、おじいさんは孫を起こします。夜中から薄明、そして朝へ……。刻々と変わっていく夜明けのうつろいゆく風景を、やわらかな色調で描きだします。


『よあけ』を読んだ感想:

文字は少ないけれどとても力強い描写力のある絵本だと思いました。淡々と詩のように書かれたストーリにいつの間にか入り込み、最後のページでは4歳児にハッと息を飲ませました。

人生で迎えた最悪の夜明けの一つは、ある年の元旦でした。当時一緒に住んでいたハウスメイトの女の子二人、そのうちの一人の子の彼氏と犬と一緒に、私たちはキャンプをしながら旅をすることになりました。実はこの旅は、スタート時点からちょっと雲行きが怪しかったのです。ハウスメイトのAとその彼氏の間はしばらくうまく行っておらず、このキャンプ旅行が分かれるか田舎を決める最後のチャンスであったのです。私とRは険悪な夫婦仲の両親とともにバンに押し込められ、ロードトリップに駆り出された子供達といった態でありました。

初日の道中はかなり居心地の悪い静けさで、車内には重い空気が詰まっていました。唯一の救いはAの犬。私とRは犬を撫でたり話しかけたりして過ごしました。犬としては、いつも以上の注目を浴びて嬉しそうでしたけどね。

それでも私たちは1週間ほど何箇所かのキャンプ場を訪れ、海でシャンプーをしたり、ワラビーに小麦粉を食い散らかされるという体験もしました。そしていよいよ大晦日。到着が遅れ、着いた時にはすでにメインのキャンプ場はいっぱいで、私たちは小山の上の方まで車で登って行きました。山のてっぺんに着くと、ガラガラです。一家族だけがテントを張っていました。やれやれと、私たちもテントを開き火を起こしました。なんとかカウントダウンにも間に合いそうです。

低い垣根のような木越に、隣の家族が挨拶してきました。アボリジニーの一家でした。子供も数人いて賑やかです。「なんか必要なら言ってね〜」なんて言って、またそれぞれのテントに戻りました。私たちも早速昼間買った食べ物やワイン、シャンパンを準備して火のそばでたわいもない話を始めました。Aと彼氏もまあまあいい感じです。人生初のキャンプもそう悪くないなと思い始めていました。

「あと5分で12時!」という声を聞き、私は急いでトイレに行きました。ヘッドランプでうっかりトイレの穴の中を見てしまい、続々と鳥肌を立てながらなんとか用を済まし、「早く早く!」と急かすみんなのところに走って戻り、「ハッピーニューイヤー!!!!」シャンパンを交わします。隣の家族もとても楽しそう。私たち四人と一匹はハグをし、ボトルが空になるまで話し続けました。

その後私たちは寝につくことにし、私はRと一緒のテントに入りました。「なんかAと彼氏、落ち着いてきてよかったねえ」なんてこそこそ話しながら眠りにつきました。と思ったら、
ブウウウウウン!
山道をすごい勢いで登ってくる車の音がします。なにせ真っ暗だし、私たちはテントにいるので、車がテントに突っ込んでくるのではないかと身を固くしました。車が止まり、バン、バン!とドアが開いてまた閉じる音がしたと思ったら、隣のテントで怒鳴り合いが始まりました。何が何だかわからず硬直しているとRが言います、
「早く服を着て!」
「へ?」
「いいから早く!1、2、3で車まで走るよ!」
私は狭いテントの中でなんとかジーンズに足を突っ込みました。心臓もバクバクです。隣では女の人の「殺してやる〜!」という叫び声と男の人のののしり声が続いています。

するとAの「ヘイ、そっち大丈夫?」と言う声が聞こえました。それを聞いた男の人が「なんだお前、他人んちのことに口を出すのか白人!そこで待ってろ!」と言うではないですか。Rが「A、黙って!」と言いましたが、すでに遅し。テントを少し開けると、暗闇で光るくらい青ざめたAの彼氏が車の近くで、「ナイフはどこだ!なんでもいい!」と食事用のナイフを見つけ握りしめました。やれやれ、そんなもので怒り狂った男の人の相手をするつもりでしょうか。

「もう間に合わないかも。。。」と言うRと私はとにかく車に逃げ込みました。かろうじてテント内にあったリュックは持って来ました。犬を呼びます。男の人はターゲットを私たちに変えたようで、「白人XXX」と罵り続け、Aと彼氏もそれに応戦し続けています。私は車のドアを少し開け「A、今すぐ車に入って!」と叫びました。Rも叫びます。「A、車には入れって言ってんの!」

興奮してゼーゼーしているAが入って来ました。怖かったようで泣いています。暗い車内に彼女のすすり泣く声と、外からの男同士の怒鳴り合いがだけが聞こえました。泣き止んだAが立ち上がって窓から彼氏を呼びます。来ません。もう一回呼びます。やっぱり来ません。Aは車から飛び出すと彼氏の襟首をつかんで車内に投げ込みました。小柄だけどとっても強いんです、彼女。

「車を出して!」と叫ぶRの声を合図に、私たちは山を降りました。アボリジニーのカップルの怒鳴り声がまだ聞こえていました。真っ暗な下のキャンプ場を少しぐるぐる回り、ちょっと開いていたところに車を停め電気を消しました。あの人たちが追いかけてくるんじゃないかと、気が気ではありませんでした。しばらく静かにしていましたが、何も起きません。Aの彼氏が外へ行ってしまいました。残ったAはまた鳴き始めてしまったので、私たちは彼女を慰めましたが、少しすると彼女は彼氏を探しに外へ行ってしまいました。残ったRと私は車に内側から鍵をかけてじっとしていました。

Rが説明してくれたのですが、オーストラリアのアボリジニーはお酒にとても弱いんだそうです。すぐに酔ってしまって、とても暴力的んある人が多く、お酒が簡単に手に入るようになってから家庭内暴力も増えたのだそうです。彼女は4分の一アボリジニーなんだ、と言うこともその夜話してくれました。彼女のおばあさんは、「失われた世代」と言われる子供達で、親から離され白人の家族に養子として送り出されたのだそうです。映画で一度見たことのある世界が、こんなに身近で起きていたことだったなんて想像もしませんでした。話しているうちに周りの木の葉が見えて来て、夜明けを迎えました。Aと彼氏も戻って来ました。Aの彼氏は座ったと同時に、「ごめん」と謝って来ました。

私たちは山の上に戻り、昨夜残したもの全てを車に積み込みました。その間ももしかしたら隣の家族が起きて来てまた言い争いになるのではないかと思いましたが、昨夜の酔いもあってか物音一つしませんでした。荷物が片付くと私たちはキャンプ場を後にし、予定していた旅行も中止、家に戻ることにしたのです。途中朝ごはんを食べにカフェに寄った以外、私たちはひたすら運転し続け(多分10時間くらい)、道中もほとんど黙ったままでした。あまりにもショッキングな年明けだったこともそうですが、記憶に残る夜明けの一つだったことは確かです。

そしてその後、私がキャンプに戻ることはありません。

『よあけ』の作者紹介:

ユリー・シュルヴィッツ(Uri Shulevitz)
1935年ポーランド ワルシャワ生まれ。1959年アメリカに渡り、2年間ブルックリンの絵画学校で学ぶ。「空とぶ船と世界一のばか」(岩波書店刊)でコルデコット賞受賞。他に「あめのひ」(福音館書店刊)などの作品がある。東洋の文芸・美術にも造詣が深く、この「よあけ」のモチーフは、唐の詩人宗元の詩「漁翁」によっている。


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風の子
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