鵟(のすり) 2007/11/28
それは星さえも見えない、まったく暗い夜のことだった。
あたりは当に漆黒で、防音壁でもあるかのように密閉されていた。
ぼくの利き腕は鳥のようなけものの足を二本、ぎゅっと押さえつけるように握っていた。
そこそこの重さがあると見えて、いつ暴れだしてもかまわないようバランスを保つために、少し腕は高く持ち上げていた。
そのけものの顔をちらりとみると、ちっちゃな野鼠のような顔つきに、ちょこんと鋭いかぎ状のくちばしが見えていた。
鵟のようだった
鵟はそのまんまるく爛爛としたちっちゃな目ン玉でじっとこちらを見据えているだけで、不思議と暴れたりしないでじっとしていた。
ぼくはそんな奴の顔などに見覚えはなかったが、どこか昔から知っているような因縁を感じていた。
ぼくは奴がいつ歯向かってくるか不安だった。
歯向かわれる前に服従させなければとも思ったが、そう思えば思うほど奴のぼくへの敵意が増すような気もして警戒した。
ぼくは奴の耳元に顔を近づけて、「おまえの爪をひとつひとつ剥がしてやろうか」と意地悪く囁いてやる。
奴はぼくの脅かしに慌てふためく事もなく、相変らず緊張した視線でじっとぼくを見据えたままだ。
そんな無言の合間にぼくの恐怖は堪えきれず、奴の足を鷲づかんだ腕先に力がこもる。
いつの間にかぼくのもう片方の手には、丁度よいほどあいのペンチが握られていた。
ぼくはまた「本当に剥がすぜ」と意地悪く囁いてみたけど、やっぱり奴は騒がない。
やられる前にやらなきゃと思い、ぼくはペンチで奴の足先にある一本の爪をぐいっとつかんだ。
ぼくは一瞬、奴の目を見た。
奴の目は先ほどにも増してぼくを執拗に見据え、その敵意はとどまるところを知らなかった。
そこから逃れたくてぼくは、思わず鬼の形相でペンチを引き抜いた。
まるで瓶ジュースの栓を栓抜きで力いっぱい引き開けるように。
湿った木の杭に重たく突き刺さった釘が抜け出るように、奴の足先の爪が一本宙を舞った。
それでも奴は身体を難く身構えるだけで、ただ視線だけをぼくに向けていた。
もう一本、もう一本と、奴の足先の爪はすべて、奴の足先から消えてなくなった。
それでも奴は変わらない。
ぼくは急に途方もなくなったように、一瞬奴の顔から目を背けた。
と、それまで微動だにしなかった奴の身体が急にのけぞり、あわただしく跳ね上がった。
奴はくちばしでぼくの目ン玉をつつこうと試みたがとどかず、咄嗟のぼくに首元を締め上げられそのままペンチでくちばしを挟まれた。
慌てふためいたぼくは一瞬にしてペンチを引き上げ、そのまま奴のくちばしを剥ぎ取った。
気づくとぼくは、奴の、鵟の力のなくなったちっちゃな身体をぎゅっと、力いっぱいぎゅっとぎゅっと抱きしめていた。
あたりは際限なく静かで、真っ暗な中で。