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萌香の危機的状況(仮)

 萌香の色白の身体が漆黒の壁に映える。壁に沿って十字型の磔台があり、萌香は両手首と足首を黒い革のベルトで固定され、その裸身を晒している。前に立つ田中を見ている。潤んだ目で見ている。こうした遊びができる設備のあるホテルの一室だ。遊びは始まっている。
「今日も可愛いな萌香」
「ご主人さま……ありがとうございます」
「素敵だよ」
 二十八歳になる萌香は独身のOLだ。社内では主張すべきところはしっかりと主張し、クールに仕事を進めていくタイプの女性だ。上司に間違いがあれば物怖じせずに指摘もする。今のこの姿からは想像できない。
「ご主人さま、今日も萌香を、萌香を虐めてください」
 萌香の瞳は潤んでいる。
 田中はいつものように一枚の写真を出して萌香に見せる。妻とのツーショットだ。
「俺が愛しているのは妻だけだ。お前はただの玩具、道具だ。わかっているな?」
「はい、承知しておりますご主人さま。萌香はただの玩具です」
 ふたりは愛情で結ばれているのではない。それは二人とも理解している。愛情ではなく、信頼で結ばれているといえばいいだろうか。それとも、お互いを利用し合っているという関係かもしれない。二人にとってお互いが必要である、ということは間違いない。
 田中は磔になった萌香の身体を撫で回しながら、耳元で囁く
「可愛い。今日も楽しませてくれ」
「はい、ご主人さま」
「今日は鞭を楽しもう」
「はい。嬉しいです」
「本当か?」
「はい。ご主人さまの鞭をいただけるなんて、萌香は幸せです」
「可愛いな、萌香」
「ありがとうございます」
「俺も興奮している」
 田中はテーブルに置いた鞭を手にとって、萌香に見せる。
「楽しみだな」
「はい」
「お前が泣き叫ぶ声を早く聞きたい」
「覚悟はできていますご主人さま」
 萌香が見つめる田中の瞳の中に、いつもと違う陰を感じる。額に汗が光っている。久しぶりの逢瀬に田中も興奮しているのか、それともどこか体調がよくないのだろうか。田中は手の甲で汗を拭う。
「いい子だ。そのまま待っていろ」
「はい」
 田中は鞭を置き、洗面所に入る。磔台の反対の壁は一面が鏡になっている。萌香は磔になった自分の姿を見る。身動きができず裸身を晒している自分の姿に、静かに興奮する。これから始まる鞭打ちに、小さな期待と恐怖を感じる。萌香はそれを楽しむかのように身体を震わせていた。

 田中が洗面所から出てくる。真紅のガウンを着ている。鞭を手にとって萌香に近づいてくる。萌香に微笑みかける。呼吸が乱れているのは興奮のためだろうか。
「始めようか、萌香」
「はい、ご主人さま」
 大きく深呼吸をしてから、田中は鞭で床を一度打つ。鋭い音が響き、萌香は震える。始まるんだわ、と萌香は身を固くする。
 鞭が空を切る音がして、萌香は腿に鋭い痛みを感じる。悲鳴が漏れる。
「どうだ?嬉しいか萌香」
「はい、ご主人さま」
 田中は満足げに微笑む。
「もっと、もっと鞭をください」
 田中は鞭を構える。そして急に顔色が青ざめる。
「ご主人さま?」
 田中は小さく呻き、その場に倒れこむ。
「ご主人さま!?」
 田中は鞭を手放し、胸を押さえる。顔色はさらに青白くなっていく。
「ご主人さま!どうなさいました!?」
 田中は答えない。
「田中さん!田中課長!大丈夫ですか?」
 これは非常事態だと萌香は理解した。もう遊びは終わりだ。普段の声で田中の名を呼ぶ。
「課長!しっかりしてください!田中課長!」
 拘束されている萌香は駆け寄ることもできない。人を呼ぶことも。
 そして萌香は新たな恐怖に襲われる。この状況は非常にまずい。

 このままチェックアウトの時刻になれば、ホテル側が不審に思い、部屋の確認に来るだろう。萌香は全裸で磔にされていて、目の前に職場の上司が倒れているのを発見されることになる。それはもう避けられないのではないか。田中が重篤な状態でないことを祈るしかないが、私はどうなるのだろう。萌香は新たな恐怖と後悔に襲われて叫ぶ。革の拘束具は自分では外せない。裸でもがく姿が鏡に映っている。萌香の心が壊れていく。

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