見出し画像

同級生のヌード写真がある、という噂

 浩二の教室からいちばん近い男子トイレの個室の扉、その内側にテープで貼ってあった小さな紙。名刺くらいの大きさのメモ用紙に、黒のサインペンで「3C吉永久美子のヌード写真売ります」とあり、その下に小さく、別の筆跡の鉛筆で「いくら?」と書いてあった。
 イタズラだろうと思った。連絡先もなく売りますも無いだろう。いわゆる便所の落書きというやつだ。ただ、ただ具体的に知っている名前が書いてあると胸がざわつく。それが同じクラスの吉永久美子の名前だから、ということもあった。不思議なことに小さな怒りの感情が浮かび、浩二はその紙を剥がして力を込めて丸め、トイレのゴミ入れに捨てた。

 吉永久美子と特別に親しい仲ではない。ただ同じクラスにいる女の子という以上の関係はない。浩二から見れば「ちょっと気になる女の子」だが、彼女にとっては知ったことでは無いだろう。
 二年生のときから同じクラスで、派手さはないのだけど清潔感のある女子で、体つきは大人っぽいが清楚な雰囲気を持っている。ふとした仕草に心惹かれてしまう男子は多いはずだ。さらさらのセミロングの髪も魅力的だった。誰かが彼女に交際を申し込んで「玉砕した」という話も何度も聞いている。浩二にはその勇気さら無かった。遠くから憧れているだけの存在だ。その久美子のヌード写真? たちの悪いイタズラだ。こんなに心が乱れてしまうとは。

 もし本当ならお前は買うのか?と浩二は自分に問いかける。そしてその問い自体を打ち消す。久美子を汚しているような気がして、情けない。
 帰宅して雑誌を開き、巻頭グラビア「激写」のページを見ながら自分を慰める。モデルの顔が脳内で久美子に入れ替わり、浩二は狼狽える。ソフトフォーカスのきれいなヌードグラビアを見ながら、吉永さん、と呟き、果てた。

 翌日、同じトイレの扉に「売ります」の紙は無かったが、噂が広まっていた。それは、吉永久美子の「ヌード写真がある」という噂で、女子生徒の間にも広まっているようだった。雑誌に同年代の女の子のヌードが出ることもあり、吉永がそうした撮影をしていないとも限らないというのである。
「藤井くん、ちょっと、いい?」
 昼休み、浩二に声をかけたのは同じ中学出身の和香子だ。
「なに?」
「ちょっといい?向こうで」
 二人で廊下の隅に行き、和香子は小声で浩二に問いかける。
「吉永さんの写真の噂、何か知ってる?」
「噂っていうか、昨日貼り紙を見た。トイレで」
「貼り紙?」
「うん。吉永久美子のヌード写真売ります、っていうメモが貼ってあった」
「誰がそんな」
「わからない。買おうにも連絡先も書いていないし、イタズラだと思った」
「買おうと思ったの?」
「そういう意味じゃなくて」
「どうだか」
「本人は何か言ってるの?」
「ううん、何も。でもひどい嫌がらせよね」
「誰から聞いた?その噂」
「小山君。あ、直接じゃなくて、話しているのが聞こえたの。吉永さんのそういう写真があるらしいって」
「トイレで貼り紙を見たのかも」
「そうね。誰なんだろう、そんなひどいことするの」
「あるらしい、って話だけだからな」
「それだけだって傷つくわ」
「まあそうだけど」
「想像したでしょう?どんな写真か」
「え?」
「ま、いいわ。で、犯人を探したいの」
「吉永さんは望んでいるのか?放っておけば噂なんて消えてしまうんじゃないの?」
「私たちが許せないの。それに本人が知らないところで盗み撮りされているのかもしれないでしょう?」
「騒ぎが大きくなってしまう方が嫌なんじゃないか。本人は無視していたいようだし、それはそれで格好いい態度だと思う。だって、写真が無い、ということは証明できないよ」
「そうれはそうかもしれないけど……」
「写真があっても無くても、騒ぎが広まることがこれを仕掛けたやつの目的なら思う壺だ」
「そうだけど、その仕掛けた奴が許せないの」

「もし本当に写真があって、売りたいと思っているなら、こちらから買いたいっていうサインを出すのはどうかな?本当に売りたいなら接触してくる」
「どうやってサインを出すの?」
「貼り紙があった同じトイレに、買いますというメモを貼る。あー、でも嫌だな。なんだかそれこそ吉永さんを侮辱しているみたいで」
「彼女に話してみるわ」
 和香子と別れて教室に戻る。久美子はいつもと同じ雰囲気で席について、友人と談笑している。和香子は別の生徒と深刻な表情で話している。このままでいいじゃないか、と浩二は思った。

 その夜、浩二は自室で目を閉じ、久美子のヌードを想像した。そしてそんな自分を責めた。写真が欲しい、と切実に思い、そんな自分を責めた。

 





 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?