夏休みの美術室で縛られる
夏休みの早朝に学校に入っていく。
外で野球部と陸上部が「朝練」をしている。大声を出してからだを動かしている。ばかみたい。
校舎にはいって上履きに履き替える。静かな廊下を歩いて、階段。三階にあがって、また廊下を歩く。美術室の引き戸を開ける。誰もいない。美術室の奥、美術準備室の前に立つ。制服のスカートの裾を整え、扉をノックする。
「赤井です」
「どうぞ」
扉を開けて中に入る。
「おはようございます」
「おはよう」
先生は小さなテーブルを前に、コーヒーを飲んでいる。
「コーヒー、飲むかい?」
「いただきます」
隅の椅子の上にカバンを置き、テーブルを挟んで先生と差し向かいに座る。
「本当に来たんだね」
コーヒーカップをわたしの前に置きながら、先生の声。素敵な声。
「はい。楽しみにしてきました。ご迷惑だったでしょうか」
壁には描きかけの大きな抽象画がいくつも並んでいる。先生の作品だ。
「誰かと会った?」
「ここに入るまでですか?」
「そう」
「誰とも。あ、でも校庭の運動部員の誰かが見たかもしれません」
「わかった」
「本当にいいんですか?」
「いいよ。君の頼みなら」
「うれしいです」
「コーヒーを飲んだら始めようか」
「はい」
コーヒーを飲み終えた。先生はカップを片付ける。
「向こうに鏡があるから、あそこに立って」
「はい」
始まる。ドキドキする。
「へんなお願いして、すみません」
「ほんとだよ。こんなの始めてだ。一応ちょっと勉強した」
「ありがとうございます」
先生は三十代で、たぶん独身だ。職員室にいることは少なくてだいたいこの部屋にいる。先生の城のようなところだ。いつもどこか寂しげな表情で、静かに授業を進める。先生に憧れている女子生徒も多いだろう。そんな先生とわたしはいま二人きりだ。
大きな鏡の前に立つ。わたしの全身が映っている。平凡な女子高校生。白い半袖のセーラー服、濃紺のスカートは膝を覆っている。純白のソックス。ちょっと汚れた上履き。髪はショートボブ。特別可愛くもないと思う。どちらかと言えば暗い。
「美術部には入らないの?」
支度をしながら先生が問いかける。
「絵が苦手で。文芸部です」
「文芸部か。言われればそんな感じだね」
「エッチな小説を書いてます」
先生が背後に立つ。手にロープを持っている。
「始めるよ」
「はい。お願いします」
「両手を後ろに」
「はい」
先生はわたしの両腕をとって、背中に回し、ロープで縛る。あまったロープを引いて、胸の上下を締め、背中で結んでとめた。
「どう?痛くない」
「大丈夫です。もう少し胸を締めていただけますか」
「こう?」
ロープが制服の上を滑り、胸が締め付けられる。ドキドキする。
「はい。ありがとうございます」
「なんだか犯罪者になった気分だ」
「すみません。わたしのために」
「それはいいんだけど。痺れもない?それが心配だ」
「大丈夫です。あの、足も縛ってください」
「立ったまま?危ないよ」
「あ、そうですね。ではその椅子に」
「わかった」
先生は椅子をわたしの後ろに置いた。わたしの両肩を支えてくれながら、
「ゆっくり腰を下ろして」
と腰掛けさせてくれる。優しい。
「足首と膝を」
「わかった」
先生はいう通りに縛ってくれた。わたしは鏡の中のわたしと対話する。可愛いわ。縛られているあなた。
「先生」
「なに?」
「スカートを捲ってください。下着が見るくらいに」
「ああ、わかった」
スカートが捲りあげられ、下着が露わになる。今日のために新調したものだ。
「どう?」
「ありがとうございます」
鏡の中のわたしは満足げで、その後ろに立つ先生は困惑の表情だ。
「先生、足のロープを解いてください。立ち上がりたいです」
「わかった」
足のロープが解かれて、わたしは立ち上がる。先生はスカートの乱れを直してからわたしの横に立つ。鏡の中で視線が交わる。
「先生、わたし、どうかしら?」
「どうって?」
「エッチな感じ?」
「そうだね。その格好だし」
わたしは縛られたまま先生と向きあう。
「もうひとつだけ、お願いがあるんです。これで最後です」
「何かな?」
「このまま、わたしを抱きしめてほしいんです」
「え?」
「ぎゅっと」
「わかった」
わたしは両手を縛られたまま強く抱かれた。エッチな吐息が漏れてしまった。先生の大人の匂いもわるくない。
「先生」
「なに」
「ありがとうございます」
「満足した?」
「はい。先生、もうひとつだけ」
「欲張りだね」先生が笑う。
「キスして」
「いや、それはできない」
「どうして?」
「できない。そこは一線だと思う。教師として」
「して。お願いします。誰にも言いません」
わたしは先生を見上げる。瞳を潤ませる。
「……」
先生は黙ってしまった。
「お願いします。これで終わりにします」
先生は無言で唇を合わせてきた。わたしは芯から溶けていく。数秒間のキス。
「終わりにしよう」
「はい。ごめんなさい。わがまま言って」
先生はロープを解いていく。わたしの両手は自由になる。
「コーヒーを飲もう」
先生がわたしを離れていく。
「先生」
先生が振り返る。
「ありがとうございました」
先生は微笑んで、コーヒーメーカーの支度を始める。わたしは腕についたロープの跡を撫でる。
書き終えたわたしは、日記帳を閉じる。妄想を綴るノートだ。
「なわけないよな」と呟く。そして、先生のことを想う。
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