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部活で描いた同級生の水着姿の絵を見て悶絶する


 夏休みの美術部の活動で、人物クロッキーを描いた。今年から顧問になった新卒の美術の先生の提案だった。くじ引きでモデル役を決め、皆で描くというシンプルなものだ。これまでも部活でクロッキーをしたことがあるが、数日間集中してこれだけをするというのは初めてだ。


 モデルは、一日目の一年生は通学時の制服で、夏服だから半袖。二日目の昨日は二年生で、体操服。男子は短パン、女子はブルマ。そして今日の三年生は水着だった。男子は水泳パンツ一丁で裸同然だ。体育で着るものだから問題ないというのが先生の言い分だけど、そうだろうか?ちょっとモヤモヤする。夏休み前にくじ引きで決まっていたモデルは男子が俺と三井、女子は山本さんと石川さんだった。モヤモヤしていたが、石川さんがモデルと決まったとき、心の中でやった!と小さく叫んでいる自分がいて、何がやった!だよ、と自分で突っ込んだ。真面目にやれ。

 一年二年の後輩たちがモデル役をしっかりつとめているのに三年生ができませんは通用しない。俺は海パン一丁でポーズをとった。やってみると、ポーズをキープするのが大変だし、皆の雰囲気は真剣そのものだし、恥ずかしいとかそんな気持ちはすぐにどこかに飛んでいった。俺は俺なりに、真剣にモデルに取り組んだつもりだ。描く側と描かれる側の両方を経験できたのはいいことだったと思うし、くじに当たってよかったのかもしれないと今は思っている。

 休憩のあと、石川さんの番がきた。彼女は着ていた大きなTシャツを脱いで、水着姿になって台に上がった。小柄な彼女だが、台に乗ると大きく見えた。太っているから恥ずかしいと言っていたけど全然そんなことはない。女性らしい優しい曲線が魅力的だ。
 先生の指示でポーズを決め、クロッキーが始まった。水着に包まれた彼女の全体像を捉えようと、俺は真剣に彼女を見つめた。こんなに真剣に女子の水着姿を見るのは初めてだった。体育の水泳で女子の方ばかりを見ていたら張り倒される。今彼女は描かれるため、見られるために台に乗っているのだ。真剣に見なければならない。
 
 先生の指導で、モデルは視線を動かさず一点を見続けるように言われていたから、石川さんも教室の端のどこかに目標を定めてそこを見続けているのだろう。視線は動かない。俺はその視界ぎりぎり、見えるかどうか、という位置にいる。目が合ったらやっぱり照れるかも。同じ美術部でクラスも同じ。石川さんは俺にとって気になる女の子第一位なのだ。
 石川さんは3ポーズをしっかりとこなして台を降り、休憩になった。俺は彼女に声をかける。
「お疲れ」
「疲れるね本当に」
「だよね」
「見せてよ」
「え?」
「私を描いた絵」
「絵?ああ、見てよ。これ」
 クロッキーブックを開いて手渡す。石川さんは真剣な目で俺の描いた絵を見る。
「こう見えているのね」
「うまく描けてないと思うけど」
「でも、真剣さは伝わるわ」
「そうかな」
「でも私、こんなに細い?」
「一応リアリズムで」
「ふうん。ありがと」
 後半のクロッキーも終わって解散になった。山本さんの水着姿も綺麗だったし、痩せている三井のポーズは先生が絶賛し、珍しく先生自身も真剣に三井の姿を描いていた。

 帰宅してからF6号のクロッキーブックのページをめくり、今日描いたものを振り返る。男子も女子も特徴はとらえられていると思う。ちょっとバランスがおかしいところもあるけど、頑張った。
 石川さんを描いたページ、さらっと描いた顔の部分は似てなくもない。細部にとらわれないように、と先生は言ったけど、石川さんを描いたのだという痕跡を残したかった。この絵を見ていると、ポーズしている時の石川さんの表情や、呼吸とともにうごくお腹や、カーテン越しの柔らかい光に包まれたきれいな肌を思い出す。

 俺はクロッキーブックの白紙のページを一枚切り取り、石川さんを描いた絵にそっと重ねた。そして、透けて見える絵を4Bの鉛筆でなぞる。彼女の身体のラインだけをトレースしていく。そう、水着の線を無視して。想像でヘソの位置を決めて描き加えてみる。そして胸……バカ、何をしているんだ俺は。石川さんごめん。俺は描きかけの石川さんのヌードを破り捨て、もういちど石川さんごめんとつぶやいた。クロッキーブックを閉じ、そしてすぐにまた開く。石川さんのポーズを見る。石川さんをもう一度描いてみたいと思う。胸が苦しくなる。

 

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