萌香の危機的状況・3(仮)
「あ、もしもし。俺です。もうすぐ着きます。女は大人しくしてます。はい。はい。楽しみに待っていてください。じゃ、切ります」
商用ライトバンの荷室で萌香は下着姿だった。手足を縄で縛られ、目隠しをされている。その上から大きなビニールシートが掛けられている。
萌香にはこの車の行く先がわからない。田中が決めた郊外のラブホテルに向かっているはずだが、詳しい事は知らない。
さっきの電話は田中の小芝居で、通話の相手はいないはずだ。萌香は拉致された女という設定で、この誘拐遊びは萌香の発案だった。田中は会社の上司であり、こうした遊びのパートナーでもある。
目隠しをされ、縛られて、車で荷物のように運ばれる。どこかの怪しい場所に連れて行かれ、ひどい事をされる。
車の振動が萌香を興奮させる。助けて!誰か!と心の中で叫ぶ。運転する田中が無言なのも雰囲気を盛り上げる。今日、田中は新しい遊び道具を用意していると言っていた。何をされるのかまだ萌香には知らされていない。
車が速度を落としていく。着くのかもしれない。どこかに連れ込まれ、わたしはひどい目にあう。モノのように扱われる。
「まずいよ萌香」
車が止まる前、素に戻った田中の声が低く聞こえた。
「じっとしていてくれ。動かないで。声も出さないで」
車が完全に停止した。窓が開く音がする。
「お急ぎのところ、すみません。いま緊急で検問を行なっております。免許証を拝見します」
警察の検問だ。若そうな警官の声。
「はい。ありがとうございます。こちらレンタカーですね。このあとどちらへ?」
「ちょっとこの先に用事がありまして」
「そうですか。荷台を拝見できますか。一応、あの、形だけですので」
「荷台ですか?」
「はい。ちょっと見るだけですから」
これは田中の小芝居ではない。遠くに警察の無線通話らしい音も聞こえる。本物の検問だ。
(田中さん!困るわ!なんとかして)
萌香の興奮が一気に冷めていく。瞬時に消え去ったと言ってもいい。萌香はこの状況に絶望した。腹が痛くなった。二人の設定どおりに萌香が〈誘拐された女〉なら、ここで迷わず警官に助けを求めるはずだが、現実にはそんなことができるはずがないし、する意味がない。
「あのシートの中は?」
警官の声。
「たいしたものじゃないんです。ちょっと個人的なものなので」
落ち着いた感じに聞こえる田中の声。
「そうですか」
目隠しされたままの萌香は恐怖と後悔とともに、新たに強く興奮しはじめている自分を発見していた。これは何?この気持ち。息を潜め、涙を流しながら震えている。
警官は上司と思われる相手と話をしている。
「危険物ではないですよね?」
「はい」
「では、どうぞ。ご協力ありがとうございました」
車が動き出す。
「助かった……でもこれは危なすぎるよ。今日だけにしよう」
田中のほっとした声が聞こえる。萌香はそれには応じず、この新たな、危険な興奮の中にいた。田中がうまくかわしてくれたが、もしあの時、警官にシートを取って中を見せろと言われていたら……。危なすぎる快楽の予感に、萌香の心は乱れていく。
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