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萌香の危機的状況・2(仮)

 萌香は、海沿いにある古い和風旅館の、離れの一室にいる。
 遠くに波の音が聴こえる以外は静かな宿である。温泉に入り、夕食時には海の幸を楽しんだ。少し酒も呑んだ。微かな酔いの中、これから始まることに期待と不安が膨らむ。
「気分はどう?」田中が声をかける
「わからない。ちょっと怖いわ」
 田中は会社の上司で、萌香にとってはこの遊びのパートナーでもある。田中は家族には泊まりのゴルフといって出かけてきている。萌香は独り住まいの独身OLだ。
「君が望んだんだよ」
「ええ」
「身元は間違いないし、会社の人間ではない」
「ありがとう」
 田中との遊びを第三者に見られる体験をしたいと萌香は望み、田中はそれを叶えるために準備をしてきた。今日がその日なのである。宿の本館からは隔離されているから、こうした遊びには最適な部屋だ。この宿も田中が探して予約した。
「支度をしよう」
「はい」
「ここに立ちなさい」
「はい」
「合言葉はいつもの通りで」
「はい」
「言ってごらん」
「もっとがレタス、そのままがレモン、やめてがトマト」
「オーケー。その柱の前に」
 萌香は床柱の前に立ち、浴衣を取った。浴衣の下は裸だ。田中が縄を使い、萌香を柱に立ち縛りにしていく。両手を柱の後ろ側で縛り、胸、腰、膝、足首に縄をかけて柱に固定する。縛りおえた田中は少し離れた位置から萌香の姿を確認する。
「綺麗だよ。素敵だ」
「恥ずかしい」
「しっかり見てもらおうね」
「怖いわ、やっぱり」
「時間だ。迎えにいってくる。その姿でお客様をお迎えするんだ」
「課長……、私怖い」
「ここでは課長はやめよう。行って来る」
 田中は萌香の髪を撫でると、手ぬぐいで猿轡をかけ、もう一度萌香の全身を点検したあと部屋を出ていった。扉がロックされる音が聞こえた。
 一人残された萌香はこのあと始まることを想像して体を震わせた。興奮と期待と恐怖と後悔が同時に自分の体を反応させている。萌香はひとりで身を捩り、甘い息を漏らした。見世物にされる自分に興奮していた。早く来てという思いと来ないでという思いが葛藤している。身体の芯が溶けていきそうだ。

 萌香が小さな興奮の中にいたその時、隣室に置いていたスマーフォンが鳴り始めた。緊急地震速報。心臓を抉るような警報音だ。直後、どーんと突き上げるような揺れが萌香を襲った。これまでに体験したことがない激しい揺れだった。宿全体が軋む激しい音がする。天井の一部が剥がれ落ち、遠くでガラスの割れる音がした。悲鳴も聞こえる。
 激しい揺れは何分も続いたように感じられた。田中の縄は隙がなく、萌香は柱に固定されたままだった。猿轡もしっかりとしていて助けも呼べない。そして、停電。部屋は闇に包まれた。
 大きな揺れが何度も宿を襲った。この建物なのかわからないが、なにかが崩落したような音もした。
「課長、早く来て!助けて!」
 心の中で叫ぶが声にはならない。
 また大きな揺れがきて、離れ自体が軋む音がした。潰される!闇の恐怖の中、萌香は縛られたままどうすることもできなかった。
「課長!無事なの?助けに来て!」
 涙が頬を伝って落ちた。もうだめなの私?口を塞がれたまま萌香は泣いた。

 何分経ったのだろう。離れに一人残され、永遠のように感じられた時間が過ぎたとき、扉が開く音がした。
「萌香!」
 田中の声だ。部屋に入って来る。片足を引きずるようにしている。怪我をしているのだ。
「大丈夫か!?」
 田中は猿轡を外す。
「課長!田中さん!怖かった」
「ごめん。遅くなって」
 田中はナイフを使って縄を切っていく。
 隣室のスマートフォンがまた鳴り出す。
「津波です。津波です……」
 外で低く唸るような音がする。田中は縄を全部切り、萌香に浴衣を着せた。
「怖かった!」
 萌香は田中に抱きついて号泣する。
「逃げよう。早く」
 田中は自分の片足を庇いながら萌香の腰に手をまわして歩き出すが、逆に萌香が田中を助けるような体勢で、剥がれ落ちた天井の板を避けながら出口に向かう。
 窓ガラスが破れる音がして、水が入って来た。津波だった。

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