アルバイトで奴隷市のステージに立つ
インターホンで名乗り、エントランスのオートロックを解除してもらう。エレベーターで十二階へ。
静かな廊下を歩き、教えられた番号の部屋の前に立つ。インターホンのボタンを押す。
「はい」
「青木です」
扉が開く。四十歳代に見える地味なスーツ姿の女性が現れる。私の全身を確かめるように見たあと、
「どうぞ」
と招き入れる。年齢は私と同じくらいかもしれない。想像していたのと違い、品のいいおばさんという雰囲気だ。
「説明はお聞きになっていますよね?」
「はい」
「私のことはミキと呼んでください」
ミキ。苗字なのか下の名前なのかわからないが、どちらでもいい。
靴をシューズクローゼットに置くように指示される。
ミキと名乗った女性について行く。短い廊下の突き当たりにクリムトの複製画が掛かっている。突き当たりを右へ。左側に扉が三つ並んでいる。一番奥の部屋に入る。六畳くらいの広さだ。
「謝礼は終わったあと現金でお渡しします。ほかにご質問は?」
「あの、本当に買われることは無いということで間違いないですよね」
「それは心配しないで。演出上あなたも落札されるかもしれないけど、その先はありません。本命がいるので。安心して」
「わかりました」
「中にロッカーがあるから、脱いできてください。全部よ」
ウォークインクローゼットの扉を示される。中に入り、服を脱ぎ、ロッカーに入れる。鏡に全身を写して確かめる。太い脚、ぽっこり出た腹、垂れ気味の尻。胸はあるほうだが、どれだけの価値があるのかわからない。落札?ありえない。そんな事を思いながら部屋に戻る。
「そこに立っていて」
ミキは私に黒い革の首輪を付けた。大きな丸い番号札が下がっている。「4」と書いてある。
漆黒のバスローブを羽織らされ、ミキについて部屋を出て、隣の部屋に移動する。少し広い部屋で、同じバスローブを着た女性が三人、ソファに掛けている。三十代後半くらいの人が一人、私と同じくらいの歳に見える人、そして少し歳上に見える女性。この人が「本命」なのだろうか。硬い表情で押し黙っている。
ノックの音がして若い男が入ってくる。若いといっても三十を少し過ぎたくらいか。黒いスーツ。シャツも黒。室内なのに黒いサングラスをしている。
「始めます」
男がミキに告げる。
「はい。では皆さん立って、番号順に並んでください」
ミキが声をかけ、私たちは立ち上がる。互いの首輪をみて、番号順に並ぶ。同じくらい、少し若い、歳上、私の順だった。
「脱いで。両手を前に出してください」
私たちは無言のまま従い、裸になる。バスローブは男が回収し、ミキが私たちに手錠を掛けていく。手錠は黒い革と金属の鎖でできていて重かった。
隣の女性が肩を震わせ、すすり泣きを始めた。
ミキが近づき、ハンカチで涙を拭いてやる。
「まだ泣くのは早いわ」
「すみません。緊張してしまって」
「いいのよ、緊張しているほうがここでは魅力的に見えるから」
「行きましょう」
男が声をかける。
「その人について行って」
私たちは一列になり、部屋を出る。廊下を右へ行き、クリムトの絵を右に見ながら進むと黒い重厚な扉がある。ここの内装とはミスマッチな感じだ。付け替えてあるのだろう。
男が扉を開き、私たちは順に中に入る。広いリビングルーム。薄暗く、煙草の匂いがする。十人くらいの人がソファに掛けているのが見える。小さな照明が乗ったテーブルに、飲み物のグラスと料理が出ている。暗い中でも高級品とわかる服に身を包んだ高齢の男女たちだった。彼らが私たちを買う客なのだろう。みな六十歳代くらいだろうか。彼らの鋭い視線が刺さる。奥のキッチンにエプロンをした若い女性が二人いるのが見えた。
私たちは客からみて正面の壁の前に置かれた台の上に並んで立たされる。二十センチほどの高さで、畳三枚分くらいの細長い台だ。私たちはスポットライトに照らされ、手錠をされたまま裸で客席に向き合う。隣の3番の女性は俯いたまま肩を震わせている。彼女の栗色の髪が揺れる。
「顔をあげなさい」
ミキがきつい口調で命じる。
「は、はい」
私たちは1番から順に、名前と年齢を言わされる。3番の女性は五十歳と答えた。本当かどうかはわからないが、大きく外れてはいないと思えた。色白で量感のある身体は私よりもずっと色気がある。
サングラスの男が進行役となり、私たちの品定めが続く。客席からの屈辱的な質問に答え、身体のすべてを見せる。3番の女性は目を腫らした泣き顔だ。客席から「3番」「4番」というささやき声が聞こえてくる。私の番号4番も、彼らの話題に上がっている。欲望の対象として見られている不快感、恐怖とともに、なにか危険な快楽の芽のようなものを心の奥に感じ、私はそれを否定し封じようと必死になっている。私の膝が細かく震えはじめている。
「それでは入札に入ります」
サングラスの男が宣言する。3番の女性は俯いて泣き出す。彼女の白い乳房が揺れている。
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