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0-5: wifiがなくてもつながりたい人
フライトは3月30日の夜だった。
空港に向かう前に、携帯電話ショップに立ち寄った。携帯電話を解約し、SIMカードを捨ててしまうと、せいせいした気持ちが残った。ふだんいかに自分が携帯電話に頼った生活をしていたかを思い知らされる。そして、SIMカードとwifiがなければ、私を形作る大部分は存在しないことになるのだと思うと、少し怖くなった。
搭乗口には、ほとんど人がいなかった。
ゲートに向かう閑散とした通路の脇に、公衆電話が見えた。
誰かに電話しなければならないような気がした。――誰に?
家族、友人、お世話になった人――?
のしのしと搭乗ゲートへ向かいながら、私は頭の中で数々の知人の顔を思い浮かべた。ほとんどの人にはもう挨拶は済ませたし、会えなかった人にはメッセージを送った。現地についてからSNSに投稿すれば、たいていの知人は私が日本を離れたことに気づくはずだ。そしてその人たちは、そのことに対して特に何も思わず、ただ画面をスクロールするだけだろう。私が日々、ただ画面をスクロールしているように。
私はそのまま公衆電話の前を通り過ぎた。
「最後にどうしても声を聞きたい人」が私にはいないのだと、私はその瞬間に自覚した。
私にとって本当に大切な人、その人でなければならないような人、人生の節目にどうしても話しておきたい人。その人の声を聞くためだけに電話したい人。夜11時にたった1分だけ電話できる人。
そんな人にはこれまでの人生で、私は出会っていなかったのだ。
その事実は少しく残念でもあったし、どこか清々しくもあった。
未練はない。
唇の片端が上がった。
――会いに行きましょう。
私は息を吐き出すと、立ち上がり搭乗口へと向かった。