死を考える
友人が死んだ。
自死だった。
20年以上も前、専門学校時代に同じ寮でで生活をしていた仲間だった。
原因はわからない。
伝えてくれた友人も知らないそうだ。
彼女は4年前、私はもう10数年会っていなくて、年賀状だけのやりとりになってはいたけれど。
それでも、ショックだった。
一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり、若さに任せて羽目を外して寮母さんに怒られたり・・・。
青春時代を共有した仲間だったから、学校を出て、それぞれの道に分かれて、みんな結婚して、子供も生まれて、日々の生活でどんどん心の距離も離れていったけど、それでも、時々近況を伝え合ったり、たまに里帰りしたときに一緒に会って飲みに行けばすぐに昔に戻れて、ワイワイ、キャーキャー
10代に戻れる仲間だった。
誰かが、離婚したと言えば、近くの子が飛んでいき一緒に泣き、誰かが被災したと言えば、みんなで支援を立ち上げ誰かが応援に行き、病気で入院していれば飛行機で誰かが代表して見舞いに行く、そんないざとなったら支え合える、細いけど強い蜘蛛の糸のような絆の仲間だった。
少なくとも、私と私に伝えてくれた友人はそう思っていたし、私に伝えた友人はその蜘蛛の糸ネットワークの中心メンバーだった。
その彼女も原因を知らないと言う。
私に伝えてくれた友人も、その友人に伝えた友人も、その友人に伝えた最初に連絡を受けた友人も彼女が自死を選ぶほどの何かを抱えていたことを何も知らなかった。
最初に連絡を受けた子は逝ってしまった彼女の息子からLINEの履歴にあったのでと連絡が入ったらしい。彼女は今も付き合いがあったのだ。
でも、その彼女も原因は思い当たらないらしい。
本当に彼女は誰にも何も言わずに逝ってしまったのだ。
何があったかはわからない、でも、彼女は生きられたのに、自分の人生を止めてしまった。
死は放っておいても勝手にやってくる。
例えば私のように病気になることもある・・・。
病気でないとしても、私たちの年齢になれば、遅かれ早かれ焦らなくても間違いなく向こうから勝手にやってくるのに。
それの時は必ずやってくるのに。
彼女はきっととても苦しい思いをしていたのだと思う、死ぬ方が楽になれると思うほど苦しい思いをしていたのだと思う。
でも、それでも、生きていてほしかった。
本当に、本当に生きていてほしかった。
癌が判ってから、自分のやりたいことをする時間は有限で、今逃しても、次があると言う確約は無いのだと真剣に思うようになった私。
今までも分ってはいたけれど、時間的な制約が妙にリアルに感じられる。
まるで、ドラマの時限爆弾のタイマーが、カチカチ鳴っているような感覚。
振り返ってみると、立場や、生活や、しがらみ等、いつか、いつか、と先延ばしにしていたこと、諦めてきたことが次々と思い出されてくる。
これからは、自分のために、もう少しわがままに生きてもいいかな。と思い始めた。
私は死ぬ気はさらさらないし、映画「死ぬまでにしたい10のこと」じゃないけど、「死なないけどやりたい30のこと」くらいは優にある。
寮生の中で唯一北海道を離れ上京、15年ほど前に参加して以来、前回、前々回と参加できなかった寮生の同窓会。
手術が終わったら、実家に一度帰ってまたみんなに会いたいな。と言うのもその一つ。
出来れば私にとっての生きる目標の時を彼女も一緒に迎えたかった。
今はせめて彼女の苦しみが昇華して安らかに眠れていることを。
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