[ASIBA授業レポート]第5週「中間合宿」part1
一般社団法人ASIBAは、建築・都市領域の学生向けの短期実践型インキュベーションプログラムや1DAYワークショップなどを企画・運営しています。建築学生が当事者意識をもって自らの提案を実装できるような環境を整備し、建築・都市領域の可能性を拡張していきます。
本記事はASIBAホームページからもご覧いただけます。
第5週目のプログラムでは埼玉県小川町をフィールドにした中間合宿が行われ、竹中工務店様ご協力のもと、石蔵コワーキングロビー「NESTo」を使用させていただきました。NESToは会員制のコワーキングスペースとして今年5月10日にオープンされ、地域の人からリモートワークをする人まで多くの人に活用されるコミュニティスペースとなっており、心安らぐ木の香りと吹き抜けた小屋組の天井屋根は私たちの心を癒し、自分や仲間と向き合える最高の環境でした。
東京から電車で1時間ちょっとかけて到着した小川町は、人の優しさと自然の優しさであふれる素敵な街でした。ご協力いただき本当にありがとうございました。
1, レクチャー
始めに、竹中工務店の蓑茂様より、小川町の街の歴史や、小川町で現在活躍されている方についてのご紹介をしていただきました。
小川町は東京に最も近い森林地域で、人口は約27,000人であり、最近は移住者数が埼玉県で一番多い地域となっています。この地域では空き家が増え、これらを宿泊施設やレストランとして再利用する事例が多くあります。小川町は宿場町としての歴史を持ち、様々な文化が混在しています。特に有機農家が多く存在し、街の大きなアイデンティティとなっています。小川町にある森林の多くはスギで、木を切る適齢期を過ぎた木が多いため、地域資源の有効活用と多様な関わり方が求められています。小川町では、持続可能な発展を目指し、地域の専門家と協力して取り組まれているところなのです。
最後に、蓑茂さんからメッセージをいただきました。
「プロジェクトが完了した時に地域や人がどう変わっているのか想像しやすい時代になった。ASIBAにはあなた達にしか見れない視点で小川町をみて、仮説・妄想をして、小川町に想いをぶつけて欲しい。」
2, フィールドワーク
今回のフィールドワーク・ワークショップでは、「理想の姿を想像し、実現アイディアを考える」ことが目的として挙げられます。そのためには自分にしか見れない視点で町を見ること、それを仲間と共有して議論すること、それらをまとめて提案することが求められます。自分にしか見れない視点で町を見るということは、第4週目の各務さんの「事象を自分の専門領域で見立てる」という言葉に共通するのかもしれません。
また、同時に自分らが進めているプロジェクトの側面でも、「自分のプロジェクトの根幹となるフィロソフィーの解像度を上げる」ことが目的として挙げられます。舞台をいつもと違う小川町に設定することにより、自身の進めているプロジェクトを違った角度で眺め、フィロソフィーを一層強固なものにしてもらいます。
その後3つのチームに分かれて、自分ならではの視点で小川町の魅力や課題を探すべく、小川町のフィールドワークを行いました。
1, 森林チーム
森林チームは、池袋駅から1時間の近さながら豊かな森林資源を有する小川町にて、資源循環のありかた、人と自然との関係性、林業のこれからなどについて考える、フィールドトリップを行いました。最初に訪れたのは自伐型林業の推進・普及活動を行っている戸口さんが管理する森林です。戸口さんの森では、高密度にちょうどいい太さの道を張り巡らせ、伐採した木を運び出しやすくしたり、適度な木漏れ日が入る森の環境を維持したりしています。国内の林業はグローバル化とともに価格競争に勝てなくなり、多くの地域が人工林の維持管理に悩まされています。戸口さんは人が来る森にしてこそ豊かな森林資源が生かされると考え、工夫を重ねながら山を守るための林業を実践されています。
戸口さんのお話を聞いて、資本主義的な短期スパンの個別最適化システムによって長期スパンの全体最適が損なわれるという構図や、皆伐や広い道よりもちょうどよいスケールを大切にする発想は、都市での課題と極めて似通っていると感じました。また一方で、林業という営みと変化の早い世の中との相性が悪い中で、ヴァナキュラーな建築の時代には維持することができた人間のための心地よい森を、フラットになった地球でも営み続けることはそもそも可能なのだろうか、人間のための森を維持していくだけではなく、森を自然に返すための手法も考えなくてはいけないのではないか、と思わされました。
その後は有機農業が営まれる谷戸地形の自然豊かな里山を歩きました。ここでも広葉樹林の管理者がいないことが課題となっており、パッチワーク的な土地所有の限界を感じました。森は生産の場から体験する場へと移っており、自然という超長期的な時間スケールの中で、いかに体験をベースにした持続可能なシステムを作れるか、という壮大な課題をいただきました。
2,木工所チーム
木工所チームは、木工所という場所が担ってきた役割の変遷や工夫について学び、街やコミュニティの在り方を考えることを目的にフィールドワークを行いました。今回のフィールドワークでは、木谷さんのアトリエ、笠原さんの運営するオフグリッドのキャンプ場、そして木工所を訪問し、それぞれの取り組みや現状について学びました。
最初に訪れた木谷さんのアトリエでは、小川町における現在の活動や、今後のやってみたい展望を聞くことができました。まさに「つくりながら住む」を体現しており、手作りの家具や施工中の壁や屋根が非常に魅力的でした。
次に訪れたのは、オフグリッドのキャンプ場です。ここでは、木クズを利用したバイオトイレや歩道が設置されており、循環型社会の実現に向けた取り組みが行われていました。特に、本来なら廃棄される木クズを有効活用することで、資源の無駄を減らす工夫に感銘を受けました。
最後に訪れた木工所は、地域に開かれたとして地域住民が自由に利用できるコミュニティスペースを目指しており、工房の空間と機械などを共有するシェア工房を設けたり、山で丸太を拾ってきたらコーヒー一杯と交換するというような取り組みがなされていました。ただの木工所ではなく、人と人、人と自然が繋がる街の拠点として役割の変遷とそこにある笠原さんの想いを感じることができました。また、モノづくりをする際につかうボンドが環境を悪化させることや、制作の過程で発生した破材などが余ってしまうことなど、現場で得た課題から出発して、ボンドのかわりに米糊を使って椅子を製作したり、木くずを再利用したりするなど、小川町の環境に配慮したものづくりを推進する活動もされていました。終盤には笠原さんのご厚意で木のお皿の制作を行わせていただき、やすりがけやクルミを使った塗装に皆夢中になり、ものづくりの楽しさを体験することができました。
3, 空き家チーム
空き家チームは「小川町を歩きながら既存空き家活用事例を見学し、その影響と課題について学こと」を目的として、フィールドワークを行いました。今回は、小川まちやどという小川町全体を一つの宿ととらえて、宿泊者をお迎えする新しい宿のかたちを実装されている高橋さんに取り組みの経緯や小川町への愛を語っていただきながら、街歩きをさせていただきました。
今回、私たちが散策した槻川を中心に広がる小川町の中心地は、宿場町として発展したこともあり、歴史ある町並みの中で新旧の個人店が共存している素敵な街並みでした。
今回のフィールドワークを通じて、空き家や古民家の活用のポテンシャルと課題の両方を感じました。
ポテンシャルとしては、空き家がレストランや宿泊施設などの空間として活用されることで、挑戦する場所や観光として体験する空間を低コストで提供できる点を学びました。それにより、挑戦したい人や旅行をしたい遠くの人が訪れやすくなり、小川町がどんどん魅力的な街になることです。街を歩くと、「やってみたい」を応援してくれる雰囲気が小川町に広がっていることを肌で感じたのですが、もしかするとその雰囲気(コミュニティ)は上手な空き家の活用により生まれたものかもしれません。また、移住サポートセンターという空き家のマッチング制度があり、この街全体として空き家活用の取り組みがなされていました。
一方で課題として、不動産が負動産化してしまっていることが挙げられます。不動産が収益を生まないどころか、維持費や管理費などの負担となっており、不動産が資産ではなく負担(負動産)になってしまっているのです。古を感じさせたり、当時の生活の様子を表したりするものとして、その街に存在している空き家ですが、適切な運用をしないとやがて街にダメージを与える存在になってしまいます。積極的な空き家活用のためにマッチング制度を作る等の取り組みは見受けられますが、決定打はまだ見つかっていません。修繕費用や耐久性などの問題を抱える空き家に対して、新しい提案が今日、小川町ないしは日本で求められているのです。
3, ワークショップ
午後のワークショップでは、フィールドワークを通じて感じたことを元に実際にアイデアとして「あなたが思い描く理想の小川町とその実現手段」を発表することが求められました。
まず、別々のフィールドワークを行なってきた人同士でグループを組み、各々で感じたことや学んだことを共有しました。違うフィールドワークを経験し、かつ違うフィロソフィーを持った仲間と机を囲み、議論をし合うことで「ASIBAにしかできないもの」を提案してくれることを期待しました。
また、発表には小川町をフィールに活躍していらっしゃる方々や竹中工務店の方々にお越しいただき、講評をしていただきました。ご協力いただきありがとうございました。
以下が、6グループそれぞれの提案になります。
1, 優しいモビリティ
フィールドワークにより、「人や自然、時間のおおらかさや優しさ」を小川町最大の魅力だと私たちは考えました。しかし、小川町の魅力である「おおらか・ゆっくり」な雰囲気と反して、街の交通やモビリティは速く、荒いものでした。車にぶつかりそうになったり、車の騒音が室内に大きく響き渡っていたりしたのを街歩きや生活を通して感じたのです。また、ヒヤリングをすると、近距離でほとんどの生活が完結するのに、車と歩き以外の移動手段が現状ないこともわかりました。
そこで私たちは「ゆっくりとした時間に調和する、優しいモビリティ体験を生み出してみてはどうだろうか。」という問いをたてました。この優しいモビリティが小川町の目に見えない魅力をより高め、よりよい小川町の姿を作ると考えます。
2, 所有をやめた街
フィールドワークにより、小川町には文化施設が少ないことに気づきました。また、宿に隣の家のテーブルがあったり、風呂を貸し借りするなど、モノと場所の所有が曖昧になっています。我々の提案は、空き家をアートレジデンスとして活用し、アーティストに空き家の改修から関与してもらうことです。借りる側は自然豊かで広い立地や木工所を利用でき、貸す側は草刈りなどの空き家管理が維持されます。街全体には文化施設が増え、アーティストに貸したモノがアートになって帰ってきたり、アーティストと客という関係以外の新しい関係性を築くことで、街にアートが根づきます。
その第一歩としては、空き家の選定、街に縁のあるアーティストの募集から行います。
3, おにぎり
下里地域の有機農業、「まちやど」の地域システムを活かした、地域を巡りながら、おにぎりをつくる体験型の地域巡回観光を提案します。「どこにでもあるコンビニのおにぎりより、小川町にしかないおにぎりを食べたいよね!」こんな小さな一言から始めてみた。
おにぎりを握ってもらって、食べる。この単なる食事行為を建築や地域の枠組みとして捉えてみる。すると、様々な「小川町にしかない」を発見し、おにぎりをつくることを地域を巡る活動へと昇華させました。「精米、具を探す、お米を綺麗な水で炊く、握ってもらう、一緒に食べる」各々の活動に場が必要になる。その場をピックアップしつなげていったことで、ただおにぎりを食べるだけではなく、地域のユニークポイントに触れながら最高のおにぎりを食べる体験へと変化させた。
誰もが食べるであろう「おにぎり」で地域を横断的に愉しむ、新しい旅行のオプションを。
4, 小川町を背に乗せて
私たちの班は、フィールドワークやヒアリングを通して、小川町にはハイキング客が多いがそこまで行く交通手段が徒歩しかないこと、有機栽培で育てた質の高い野菜をはじめとした高いクオリティの「食」があることに気がつきました。そこで、自転車という小回りの利くモビリティに弁当や食材、酒樽などの名産品を添付することで、解決しようと考えたのです。
自転車はレンタサイクルとして一定の金額を払えば自由に乗って停めることができ、荷台に名産品の広告を貼り付けることで宣伝効果に加え、広告代として一般のレンタサイクルよりも格安で利用できるということで、金額面で差別化を図れると思います。
5, 丸太祭
フィールドワークを通して、小川町における林業を活性化させようと尽力する地元の方々がいること、他方でインフラ整備や価格共創の観点から現状ハードルが高いことなどを体得した。一方、街歩きによって小川町には現在の貨幣経済には表面上表れてこない、互いの顔が見えるような贈与経済が存在していることを学んだ。そこで、森林で発生した間伐材を地元の人々が自発的に町へと下ろし、その返礼として家具作りや改修の手伝いなどが享受できるという新たな経済システムを考案し、さらに丸太を下ろす過程を「御丸太祭」として行事化することによって、地元への愛や繋がりを促進することを狙った。
6, コンポスト
私達は、持続的な有機栽培と街づくりのための農業法人を提案します。
小川町では、驚くことにコンポストを一家に1台所有する文化がありましたが、これは投入するのみで堆肥への二次利用は行われていませんでした。さらに有機栽培も盛んに行われていた歴史がありますが、その工程の手間により負担が大きいことが問題でした。
ここで私達は、農業法人を小川町に設立することで堆肥を農家さんに届けることができ、就職する形で農業に従事する人も増えるのではないかと考えました。有機野菜は一般のものと比較して高価に販売ができるため、小川町の経済的循環も狙うことができます。小川町の豊かな暮らしの文化を守り、さらに繋げていくために提案しました。
4, まとめ
この小川町でのフィールドワーク・ワークショップを経て、自分にしか見れない視点で物事を見る大変さや、それを支えるフィロソフィーの真の確立など、課題が見えてくる一方で、実際に街を歩き仲間とプロトタイピングや議論を重ねたことは、「課題発見と解決策の提案」という一連のプロセスを経験する良い機会になりました。
この素晴らしいフィールドワーク・ワークショップの機会を提供してくださった小川町の皆様、竹中工務店の皆様、改めて本当にありがとうございました。
ASIBA FES2024 開催決定!
【ASIBA FES 2024】
「そのまなざしは『イマ』を超えるか」
建築・都市領域から未来を描き出そうとする若者が集まるASIBA FES。目の前の現実に挑戦するASIBAメンバーのまなざしは、この世界をどのように捉え、どこへ向かいたいと願うのか。ASIBA2期に参加した19のプロジェクトがそれぞれの言葉で、モノで、体験で、その先に見出した社会の輪郭を共有します。世代を越えて、組織を越えて、「イマ」の社会を越えて、ともにまなざしの先へ。複数の未来が交錯する場で、お会いしましょう。
▼参加申し込みはこちら