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インド総選挙後のモディ政権の法政策を占う

文責:久保光太郎

2024年4~ 6月に行われたインド総選挙の結果を受け、連立与党となったモディ政権が、3期目にどのような法政策で臨むのか。本稿では、日本企業にとっての注目点を専門家の視点から解き明かします。


1.政治情勢の確認

2024年4~6月に行われたインド総選挙の結果を受け、BJP(インド人民党)主導の連立政権が従来の路線を維持できるかどうかについて、多くの憶測が飛び交っています。特に、高い失業率とインフレに直面する中で、今後もこれまでと同様の経済成長の維持が可能なのかが疑問視されています。連立与党の難しさや、モディ人気の陰りを理由として懐疑的な見方をするメディアもある一方で、楽観的な見方に立つアナリストは、単独与党と連立与党とで経済面での政策に大きな対立点が見られないことをその理由に挙げているようです。

ここで、まず押さえておきたいことは、BJPが率いるNDA(国民民主同盟)が過半数を確保したことの重要性です。総選挙の結果は大方の予想を覆すもので、「モディ首相が初めて選挙に『負けた』」というセンセーショナルな報道もありました。ところが、連立与党であるNDAは過半数を確保しました。また、選挙後の報道によると、BJPの主要閣僚はそろって留任することになりました。従って、主要な外交・経済政策は今後も継続されることが期待されます。その意味で、インドに投資する日本企業としては、過度に動揺する必要はないと考えられます。

2.「痛み」を伴う改革のスローダウン懸念

一方で、BJPが単独与党でなくなったため、連立パートナーとの調整が必要となり、複雑な利害調整を伴うアジェンダはスローダウンする可能性が高いと考えられます。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の利害対立が懸念される統一民法典(UCC)の制定など、日系企業のビジネスに直接影響のない国内の民生関連の政策がその多くを占めますが、外国投資に直結する政策でも影響を受ける可能性が高い政策が存在します。その代表例が労働法制と土地法制の改革です。

まず、労働法について見ると、インドは独立以来、労働者保護に手厚い制度をとってきました。労働法の主管が中央政府と州政府に分散しているため、パッチワークのような分かりにくい法体系になっています。これらの問題を解消するために、モディ政権は複数の労働関連法を4つの基本法典(2020年労使関係法、2020年労働安全衛生法、2020年社会保障法、2019年賃金法)に統合・合理化することを目指し、法律を成立させました。ところが、その後、労働組合団体の反対もあり、施行が大幅に遅れています。同様に、100年以上前に制定された土地収用法にも多くの問題があり、モディ政府は抜本的な改革を目指していますが、農民団体や野党の反対を受け、進展が見られない状態が続いています。

労働者対応と土地収用の問題は、長らくインドの課題と言われてきたインフラ整備と並び、「メーク・イン・インディア(Make in India)」政策実現のためには、避けて通れない重要なテーマです。インドの若い労働力を吸収し、高止まりする失業率を下げるために、政府としては、雇用吸収力のある製造業を振興する政策を推進したいところでしたが、残念ながらその機運は遠のいたと言えるでしょう。

3.ビジネスフレンドリーな改革の加速

一方、農民や労働組合などの反発を受けにくい政策は、政権基盤が安定しない連立与党のもとでも進められる可能性が高いと考えられます。その代表例が、「デジタル・インディア」の取り組みと考えられます。モディ政権が推し進めるデジタル・インディア政策は、行政の機能合理化のみならず、インド経済全体の成長押し上げにも寄与しています。総選挙後の新政権としても、引き続き技術革新に注力することにより、フィンテック、電子商取引(EC)、デジタルサービスなどのセクターを強化することが期待されます。この観点で注目される法政策として、2023年に成立したものの施行が先送りになっているデジタル個人データ保護法(Digital Personal Data Protection Act)や、情報技術法(Information Technology Act)に代わる新法として電子情報技術省(MeitY)が準備を進める、デジタル・インディア法(Digital India Act)などの早期の実施が期待されます。

【図表:各法制の現状と今後の見通し】

(出所:各種資料より筆者作成)

4.最後に

今回の選挙の結果は、インドが誇る「世界最大の民主主義」がうまく機能していることを示したと評することも可能です。モディ首相とBJPは、しばしば強権的な政治姿勢が批判の対象となってきました。民主主義と権威主義がしのぎを削る国際社会において、インドがどのような立ち位置で臨むのか、今回の選挙結果を受けてモディ首相がどのような変化を見せるのか、インドに投資する日本企業にとって注目すべきところです。

さしあたって、今後の注目イベントは、2024年7月後半に予定されている財務大臣による次期予算発表となります。これにより、新政権の政策方向と重点分野が明確になることが期待されます。インフラ支出や製造業の進出を支援するインセンティブプランがアジェンダの上位に来ることが予想されます。また、農業、防衛、鉄道、再生可能エネルギーなどの分野の投資促進にも焦点が当てられる可能性があります。他方で、新政権が消費と雇用を支援するためにポピュリスト的な政策に走り、優先順位を変更する可能性もあります。インドに投資する日系企業として目を離せないところです。


執筆者

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal


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