問題社員対応における初動の留意点
文責:小嶋潔
問題社員と一口に言っても様々な類型がありますが、どのように対応するかというのは、企業にとって1つの悩みの種だと思います。本稿では、問題社員対応における初動の留意点のうち、絶対忘れてはならない2つのポイントを説明した上で、万が一、こういったミスを犯し、裁判所に解雇無効と判断された場合、どういったデメリットが企業に生じるのかについて、説明いたします。
1. 「問題社員」とは
日本の労働契約法によると労働契約とは、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」とされています(同法6条)。同条の定めからも明らかなとおり、労働契約における権利義務の中核は、「労働者の労働義務」と「使用者の賃金支払義務」であるといえます。そして「労働者の労働義務」は、使用者による指揮命令が予定され、労働者が誠実に労働する義務が含まれています。逆にいうと、誠実に労働する義務に違反する労働者というのが、いわゆる「問題社員」であるといえるでしょう。なお、本稿では、雇用保障の程度が高く、より慎重な対応が必要となる、いわゆる「正社員」を念頭に説明します。
2. 問題社員の類型
問題社員と言っても、様々な類型があります。代表的なものとしては以下のような類型が考えられます。
①能力不足
(例:営業部長として採用したが、ポジションや処遇に見合ったパフォーマンスが出せない。)
②勤務態度不良
(例:遅刻・欠勤などが多く勤務成績が悪い、周囲との協調性に欠ける、上長の指揮命令に従わないなど)
③健康に問題がある
(例:私傷病により復職の目途が立たない、或いはフルで就業時間に働くことができない)
④私生活での私生活でのトラブルが業務の妨げになる場合
(例:飲酒状態で喧嘩沙汰を起こし逮捕された)
⑤服務規律や企業秩序を守れない
(例:セクハラ、パワハラ等の行為に及んだ)
3. いきなり解雇することは厳禁
(1) 企業による問題社員対応の致命的なミスになりうるものとしては、いきなり当該問題社員の解雇に踏み切ってしまうことがあります。当職が経験した労働事件を振り返ると、外資系企業や、日本国内でも特に中小企業が、このパターンに陥ってしまう傾向があるように思います。では、なぜ、こういったミスを犯してしまうのでしょうか。
(2) 外資系企業の場合、まずは、日本国内で就労する限り、日本人、外国人を問わず、日本の労働関係法令が適用されることに留意しなければなりません。したがって、日本の労働関係法令がどういったスタンスなのかを理解する必要があります。
(3) 次に、日本において、裁判所が当該解雇が適法であると判断することへのハードルが高いことを十分に認識する必要があります。解雇の難しさについて認識が甘いという点については、労働法制について十分な知見のない国内の中小企業にも同様にいえ、結果として、企業は後述するような著しい不利益を被る可能性があります。
(4) また、解雇に不満を持つ当該問題社員が労働組合に相談し、団体交渉等に発展するケースや、当該問題社員がインターネットを通じてSNS等に書き込むなど、企業にレピュテーションリスクが生じる可能性もあります。
(5) 確かに、問題社員の存在自体が他の従業員にも悪影響を及ぼす可能性があることから、企業が問題社員といち早く決別したいと考えることは理解できます。しかしながら、安易に解雇に踏み切ることは、会社に様々なリスクを生じさせうるので、いきなり解雇という手段に訴えるべきではありません。
4. 普通解雇と懲戒解雇を区別する
(1) 日本において解雇は、一般に普通解雇と懲戒解雇の2つに大別されます。ここで、普通解雇とは、労働者の労働義務、誠実義務違反の事実が労働契約の継続を期待し難い程度に達している場合に許容される解雇をいいます。
他方、懲戒解雇とは、特定の企業秩序違反行為を理由に行われる解雇をいいます。そして懲戒解雇の性格は、懲戒処分と解雇という2つの側面があるため、双方の法規制を受けることになります。当然、懲戒解雇は、普通解雇より厳しい規制に服することになり、懲戒解雇が有効とされるためには、二重の法規制を乗り越えるだけの理由が必要となります。1回の企業秩序違反行為で、懲戒解雇が有効となりうるケースとしては、例えば、当該問題社員が、多額の金員を横領していたような、極めて悪質な場合が考えられます。
(2) 日本の労働法制について十分な知見のない外資系企業や中小企業においては、このような普通解雇と懲戒解雇の差異が認識されていない場合があります。そのため、普通解雇の事案であるにもかかわらず、懲戒解雇を手段として選択してしまった場合、会社が、その有効性を裁判で認めてもらうには大きな困難が伴います。結果、裁判所による判断が、会社にとって厳しい結果となる場合があります。
この点、企業が手段選択のミスに気づき、問題社員を懲戒解雇してしまった後で、予備的に普通解雇を行い、実質的に普通解雇の事案として争うことも可能です。しかし、事案によっては、当該予備的普通解雇が、懲戒解雇の後付けのように見えてしまう場合があり、事実上、裁判所の心証に悪影響を及ぼす場合があります。
このように、仮に最終的に企業が、問題社員を解雇するという選択肢を採るとしても、普通解雇か懲戒解雇なのかという手段の選択を誤ると、会社にとっては厳しい結果となる場合があります。
5. 解雇が無効と判断された場合、何が起こるか
(1) では、問題社員に対する解雇が裁判所で無効と判断された場合、どういった不利益が会社に生じるのでしょうか。まず金銭的な面でいえば、企業はバックペイ、すなわち解雇がなければ得られたであろう賃金相当額を支払う必要があります。加えて、遅延損害金も支払う必要があります。
仮に、問題社員が解雇無効と主張して、裁判所に訴えを提起した場合を想定しますと、第一審の判決が出るまでに、およそ1年程度かかる可能性があります。この場合、この1年分についてバックペイを支払う必要があり(当然、解雇期間中に問題社員からの労務提供があるわけではありません。)、会社にとっては大きな出捐となります。ちなみに、当職が経験した解雇事件の中で最長のものは、コロナ禍による審理の中断という事情はありましたが、終結までに4年かかったものがあります。
(2) そして裁判所で解雇が無効と判断された場合、問題社員が復職してしまうという点が、何よりも大きなデメリットと考えられます。冒頭に記載したとおり、誠実に労働する義務に違反する労働者というのが、いわゆる「問題社員」ですので、会社への貢献度は低く、むしろ他の従業員に対する悪影響に鑑みれば、復職してしまうことによるマイナスの影響は大きいと考えられます。
そして一度、裁判所で解雇無効との判断がなされた場合、余程の事情がない限り、2度目の解雇を実施することは難しいといえます。例えば、企業が2度目の解雇に踏み込み、問題社員が再び訴訟で解雇無効を争った場合、間違いなく問題社員側は、1回目の解雇無効の判決を示すことになります。そしてこの判決は、無効な解雇をする企業という印象を裁判所に与えることになりかねず、事実上、不利な心証を裁判所に抱かせるための材料となってしまいます。結果として、会社は再度、難しい訴訟となります。
6. まとめ
以上のとおり、問題社員への対応は、その方法いかんによって、企業にとって、大きなリスクを生じさせるおそれがあります。したがって、問題社員でお困りの場合には、ご説明した上記2つのポイントに留意しつつ、早期に専門家にご相談することを強くお勧めいたします。
以上
執筆者
小嶋潔
<Career Summary>
2002年慶応義塾大学商学部卒業,同年,旭硝子株式会社(現・AGC株式会社)入社。同社退社後,2013年大阪大学大学院高等司法研究科卒業,2014年司法試験合格。都内法律事務所,石嵜・山中総合法律事務所を経て,2022年AsiaWise法律事務所に加入。
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