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イスラエル投資リスクマネジメント

文責:久保光太郎

イスラエルに投資している日本企業として、最近の紛争状況の中で自社の投資についてどう判断するか、再検討が必要になっています。


1.リスクの洗い出し

一般的に、紛争地域への投資においては、以下のようなリスクが想定されます。

  • 駐在員、現地従業員等の生命・身体的安全に対するリスク

  • 投資・債権回収リスク

  • 投資先のビジネス価値の毀損リスク

  • 投資先の技術が不適切な相手方に移転されるリスク

  • 政府による経済制裁や資産徴用といったレギュレーションによる企業活動への悪影響が生じるリスク

  • 市場アクセスが制限されるリスク

  • 当該相手方に対し投資・提携等していることによるレピュテーションリスク

紛争によって生じるリスクの内容は事業の形態によっても異なります。イスラエルに投資している日本企業としては、自社のビジネスの内容に鑑み、これらのリスクが存在しないか確認することが必要です。

2.レビュテーションリスクへの対処

投資活動が国際法や人権問題に違反していると見なされる場合、NGO、人権団体等から非難を受けたり、企業のグローバルな評価に悪影響が及んだりするとレピュテーションリスクが生じる可能性があります。とりわけ現代では情報がソーシャルメディアを通じて迅速に拡散されるため、不買運動など消費者の反応が企業にとって重大なリスクとなる可能性があります。

イスラエルを巡っても、これまでマクドナルド、スターバックス、コカコーラ等、米国の消費者向けビジネスをしている企業が、中東、イスラム諸国等においてボイコット活動の対象になることが多くみられています。今回のガザ地区での紛争を契機として、日本企業もボイコットや抗議活動の対象になっております。

たとえば、伊藤忠商事・伊藤忠アビエーションおよび日本エヤークラフトサプライの3社は、イスラエルの軍需産業企業Elbit System社との間で、相互協力を促進するための戦略的覚書を締結していたことから抗議活動の対象になりました。2023年12月に、ネット上での署名活動が開始され、デモ活動も始まりました。さらに、イスラム教徒が多数を占めるマレーシアにおいて、伊藤忠が出資するファミリーマートでも不買活動が起こりました。その後、2024年2月、上記3社は上記覚書の破棄を公表するに至っております。

ほかの日本企業に対する直近での動きとしては、ファナックが製造する産業用ロボットがイスラエルの武器製造に使用されているとして署名活動の対象になっています。また、日本の防衛省にイスラエル製攻撃用ドローンを納入する輸入代理店として関与している海外物産、日本エヤークラフトサプライ、住商エアロシステム、川崎重工業も、圧力をかけるべき対象として掲げられています。他にも、Who Profits Research Centerという調査団体により、ヨルダン川西岸への入植等のイスラエルの軍事的抑圧を助長し、利益を得ている可能性があるとされている企業として、日立、トヨタ自動車、ソニー、三菱自動車の4社が名指しされています。

3.投資判断の見直しの基準

上記のような事例を踏まえるとイスラエルに投資している日本企業としては、事業継続リスクだけではなく、レピュテーションリスクの側面からも、その予兆となる情報を継続的に収集することが大切です。

撤退の判断基準は、個々の企業によって異なるところですが、考え方の枠組みとしては、①投資を継続することによって得られる利益及びチャンスと、②レピュテーションリスクの大きさのバランスから判断するのが基本と考えます。①については、例えば、投資先の事業が一時停止等した結果、投資継続によって得られる利益が著しく損なわれた場合には、撤退すべきということになります。

他方、②に関しては、紛争激化、経済制裁、他の日系企業の動向といった外部事情に加えて、親イスラエル企業に対するボイコット活動の動向を見定めることが必要です。特に、イスラエルをめぐっては、BDS運動(Boycott・Divestment・Sanctions Movementの略)に注意が必要です。BDS運動は、パレスチナ人設立に係る「BDS国際委員会」が呼び掛けている運動であり、イスラエル企業・親イスラエル企業等への投資の引き上げを主張し、ボイコットの対象とすべき企業のリストを公表しております。

これらの運動の動向や、公表されている各種リストも参照しつつ、(事業内容を問わず)「イスラエルを事業拠点としていること自体」が問題視されるに至った場合や、特に、自社ないし自社の投資先の「事業内容」が問題視されるに至った場合(たとえば、当該事業がイスラエル軍を利する、入植活動を促進しているなどとして批判の対象になるような場合)には、レピュテーションリスクの観点から、撤退を検討すべきであると考えます。上記の伊藤忠やファナックの例にも見られるように、イスラエル軍や軍需産業との関係については特に注意が必要となります。

4.出口戦略

撤退の判断基準に加えて、あらかじめ出口戦略についても検討しておくことが必要です。例えば、現地企業に出資している場合、投資契約上、株式の譲渡に関する条項がどうなっているのかを確認することが必要です。伊藤忠の事例では覚書の段階であったため、比較的容易に見直しの判断が可能であったと思われますが、現地企業の株式を保有しているような場合には、撤退完了までに相当の時間がかかることが想定されます。かかる懸念を重視する場合には、撤退基準に該当する事態が生じる前から株式等の譲渡に向けた準備を開始しておくという対応も考えられます。また、かかる場合におけるレピュテーションリスクの低下を軽減する方策としては、資本の引上げと業務提携の終了を切り離し、少なくとも業務提携の終了は直ちに実施し、対外的にも業務提携の終了を前面に押し出すことも一つの手段として考えられるでしょう。


執筆者

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal



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