恥知らず

僕は未だに働くことができず、アルバイトすらしていない。
それは健康上の致し方ない理由によってではあるけれども、そう捉えているのは僕自身だけかもしれない。

無職のまま親の遺産で日々を過ごし、特に禁欲的でもない生活を送っているので、僕のことを恥知らずの社会不適合者であると捉える人がたくさんいることを想像する。

社会的な適合度で言えばこれまでもこれからも僕は大いに不適合なのだろうと自分でも思う。そして、僕のことを恥知らずだと捉える白い目についても、反抗的に見返すことはとてもできない。

僕だって今の状況が本当に恥ずかしい。

同年代の人たちは必死に働いて、社会人としてのイロハを着実に学びつつある中、僕は持病が治らないことを理由に無為に日々を過ごしているのだから。

ただ、僕自身にとって救いなのはこんなことをつらつらと述べるような人間がこの状況を受け入れているという事実だ。

しょうがないと言える自分がいるうちは大丈夫。

逆にしょうがないから、今の僕にできることでやりたいことをやっている。

読書読書読書。

働いていたらドストエフスキーやトルストイ、トマスピンチョンやプルースト、ジョイスなどの文学作品は安易に読めないだろう。

この生活を続けてしまうことは翻って、文学作品の探究には相当に都合の良い生活になっているということになる。

と、こう考えるとワクワクしてしまう。
恥を忍んでひたすら読書をしている。

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