今生の別れ(ショートショート)
電車のホーム。特急列車の出発までにわずかな時間がある。
「その場所に着いたらすぐに、君に手紙を書くよ。君はその手紙を受け取って今度は僕に返事をくれる。そして、僕がまたその返事を書く。次はまた君が。そのようにして僕らはずっと、愛し続けるんだ。お互いを忘れるなんてこと、あるわけがないんだ」
彼女は泣いている。
「いいえ、いつかはそんな習慣も薄れていくのよ。これは今生の別れってやつなのよ。私にはわかる」
彼は彼女の涙をハンカチで優しく拭う。
「僕と君との愛は本物なんだ。たとえ離れ離れになっても変わることはない。だから、泣かないで」
彼女は涙が止まらない。
やがて出発のチャイムが鳴る。
まもなく、特急列車が発車します。
彼は列車の扉に入る。
プシューという音を立てて扉が閉まる。
彼らは扉に嵌め込まれたガラスごしに手を重ねる。
お互いの耳にくぐもった音の「さようなら」という声が聞こえる。
ぷちん。
「しかし、彼らが再会することはなく、別々の人生を歩みましたとさ。そんなところだろうな」俺はテレビのリモコンを取り、電源を切りながら独りごちた。
いやー、現代に今生の別れなんてあるわけねえよなあ。なんせスマホ一つあれば簡単に人と繋がるんだからさ。俺も何回か転校を経験したことがあるけれど、当時仲の良かったやつとはいまだに連絡をとってるくらいだし。
今生の別れかあ。
その時、下の階で大きな音がした。
鈍く、不規則な音だった。ガダンガダンゴドン。
そして、娘の泣き叫ぶ声が聞こえた。お母さん!
俺は全身を震わせて急いで階段を降りた。
その時なぜだろう。心配よりも先に、俺はさっき見た別れのシーンを頭に思い浮かべていた。
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