余珀日記16
余珀を始めて一年が経った。昨年の3月22日にお披露目としてこの場を開いた。4月15日、テイクアウト営業を始めた。6月2日、イートインを始めた。 「この日が開店日」とはっきり決めることが難しいが、次の6月2日でイートイン含めて丸々一年間このお店を回したことになる。
5年前の春まで我々はそれぞれ別々の会社に勤める会社員だった。結婚して一緒に暮らす前までは、何時まで仕事をしていても割と平気だった。一緒に暮らし始めてからは、始業時間の2時間くらい前に出社して、誰もいないオフィスで仕事を始めるのが習慣になった。できるだけ早く仕事を終わらせて、できるだけ早く家に帰りたかった。一日のなかで二人で過ごす時間が一番楽しかった。
「人はいつ死ぬか分からない」。頭で分かっていても、自分ごととして強く実感するのはなかなか難しい。ある程度の痛みや恐怖とともに、早い段階でそれを思い知らされたのは良い経験だった。ことあるごとに我々は「もしもこれが人生で最後だったら」という想定のもと、いろいろなことを話し決断してきたように思う。
自らを静かに見つめ、向き合う時間。人生で本当に大切なものは何か、考える時間。その時間にいつからかお茶が寄り添うようになった。むしろお茶のおかげで、そういう時間が増えたのかもしれない。そして、二人とも会社を辞めることに決めた。
一日に24時間しかないなかで、一番大切な人と一番長く一緒にいられる生き方をしたい。いつかやってみたい、その「いつか」はひょっとすると来ないかもしれない。やってみたいことをまず先にやろうと思った。
二人とも無職になって、やりたいことをまとめた長いリストを片っ端から叶えていった。時間を気にせず心ゆくまで散歩をした。アメリカを38日間旅した。パリにもロンドンにも行った。面白そうなイベントは全部参加した。やりたいことだけをやる生活を半年くらい続けたら、それで大体気が済んだ。何か役に立つことがしたくなってきた頃、ご縁があり西荻窪のカフェで二人一緒に働くことになった。そして2020年、登戸に余珀を開いた。
今、余珀で働いている時も、休みの時も、ずっと二人で一緒にいる。こうなるといいなぁと思っていた生き方を、たぶんすることができている。楽ではないけれど楽しく一年やってきた。
いらっしゃるお客さまの日常に余白の時間が生まれますように。そこにお茶が寄り添い、より良い時を過ごせますように。余珀で過ごされた方一人ひとりに光が宿りますように。「余珀」という店名に込めた想いは今も変わらない。新しい出会い、懐かしい再会、余珀で紡がれるたくさんのご縁に感謝と感動の一年だった。皆さまのおかげで迎えられた一周年。心からありがとうございました。