#0 あ!48(芦屋)storiesを始めます!
福岡県芦屋町の「あ!48(芦屋)stories」は、芦屋港が展開するマガジンです。
賑わいを創出する拠点として、町での「巡る・食べる・買う」活動を促進していきます。その第一歩として、レジャー港化に携わる方々、町内事業者、町の方々一人ひとりにお話を聞き、その魅力を伝えていきます。
( 芦屋港レジャー港化についてはこちら )
そもそも芦屋町とは?
福岡県北部にある海に面した町で、人口は約13,000人です。西に砂浜と東に岩場の海岸があり、航空自衛隊芦屋基地やボートレース芦屋などで知られています。茶の湯の世界では知らない人はいない「芦屋釜」や、山鹿貝塚などの文化財に加え、寺社仏閣が町内に20箇所以上あり、古くは日本書紀にも登場するほど、深い歴史を有しています。
夏にはあしや花火大会、秋にはあしや砂像展(毎年テーマに沿って、砂の彫刻を作ります)が開催されます。また、航空自衛隊では毎年芦屋基地航空祭(航空自衛隊の航空機ショーや展示など)が開催されます。
歴史の深い芦屋町
かつての芦屋町は下関と並んで「芦屋千軒(あしやせんげん)・関千軒」と呼ばれ、港町の賑わいが遠方まで噂になるほどでした。どうしてそんなに賑わっていたのでしょうか?
平安中期から江戸時代まで芦屋港(津)を拠点に全国を廻った商人がカギです。遠賀川河口に回船問屋が増え、賑やかに店や家が軒を連ねる様子を「芦屋千軒」と呼びました。
その中でも江戸時代後期に活躍した「旅行(たびゆき)商人」は、大阪や江戸、松前(函館付近)まで足を延ばし、各地域の特産物を運びながら商売をしたといわれています。
芦屋港(津)の歴史をさらに遡ると、平安後期から鎌倉前期にかけて、壇之浦の戦いで平家の主力500隻を出したといわれる場所でもあります。
芦屋港をつくる人、過程、関わるモノコトをぎゅっと詰めた記事でバトンを繋ぐnoteが、はじまります。
(文ー上田裕菜)
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