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約束する


※身近な人物の生死にまつわることを扱う内容になります。
 不安を感じた方は無理せず立ち去ってください。
 読み進めたとしても、その先で不安になった時にはすぐに画面を閉じてください。
 今回の記載はこれまで以上に切実に、作者の毒出しです。



私は、何かが再生するの見るのが好きでね。
いつからかはわからない、けれど圧倒的にそうだと気づいたのは成人して恋人と二人暮らし始めてから。

料理は全然得意じゃなくて、そもそも食べること自体がそう得意ではないから、食べることが大好きな森のクマさんみたいな恋人に全身で甘えて暮らしていた。
けれどそんな時期に徹底的に彼より上手く作れたものがある。再生させるためになら、動きだす、脳のどこかが。そういうことに気づかせてくれたその料理は、前日の余りでもらった仕出し弁当で作るチャーハンだった。

一部の、そのまま食べた方がいいおかずの他はすべてを細かく切って、炒める。美味しくなぁれ、私は残り物のそれら素材に心の底からつぶやいた。美味しくなぁれ。
必要に応じて、何かしら卵とかハムとかレタスとか更にアリモノを入れて整える。そうやって作るチャーハンは、自分で作ったのが信じがたいほどちゃんと、美味しかった。

他の誰もがもう見向きもしないもの、勝手に、低級品だと見定められてしまうもの。そんなことにはさせないというきもちが私の中のスイッチを入れる。手に触れたものが輝きはじめるのを見たくて、私もまたギラギラと光る。
美味しい新鮮な素材を使えば、力を入れずとも美味しいものができあがる。そういうことを感覚的に学ぶのは…もう少し後の話になる。

再生するのを見たい、という願いは、おこがましくも他人に向けても発揮される。…自分のそういう側面に気づかされたのは、母親との確執が表面化してからのことだ。
母は私をカウンセラーのように扱う。カウンセラーでもないのに私はこぼされる言葉を預かる。預かった言葉から私は彼女の気持ちをほぐす。マッサージするように、彼女の思考を軽やかにしてやる。私にはそれができた。そうして彼女は一瞬、楽になったように笑う。

何度も繰り返される、キリのない『癒し』の時間。

最近になってやっと気づいた。私は、母に持たされたそれら言葉の重さを分析するために思考回路を磨いてきたということに。更に言えば、そうして磨き上げた分析能力を、母の代わりに使ってくれて、きちんと前進してくれる『誰か』を…切望しているんだって。

再生するのを見たかった。
どこが痛いのか見える。何と声をかければ出血がマシになるか知っている。相手が痛いと身悶えするのなら、こぼせるすべての心を遣って応える、そうやって、全身を尽くせば、本当に効果はきちんと出る。…けれど。
…再生するのを、見たかった。
それはなんて傲慢な願いだろう。

相手もまた健全でなければ、あっという間に取りこまれてしまうような、『安全』などカケラもない関わりの持ちかた。なんて勝手な欲望だろう。こんなふうに言葉だけ置いておくのとは、わけが違うのに。生身の体がそこにあって、どんなふうに呼吸するか、どんな音で声を出すのか、すべて、ぜんぶ、共有してしまえるのに。

それでも乞われればまだ差し出してしまうのじゃなかろうか、私は。
まだ、飢えている。誰かが私の目の前で蕾開くのを、見たくて。



大切な友人がいた。
ケアという概念がいまいち当事者性を持たないご家族から距離を置くことができないその子は、私に会う時いつも、どこかぼろぼろだった。ゆっくりと、楽しいことをして、他愛のないことを喋って、そうやってほぐしてゆけば、彼女の体からこわばりが消えてゆくのが嬉しかった。
なぁ、本当はそんな声で笑うんじゃん。
いつもそう思った。私から見ればすぐ目の前にある煌めきが、本人とその家族には見えていないらしいことが、もどかしかった。
私のできることには限界がある。彼女の抱える困難さについて私は一切プロフェッショナルじゃない。彼女には信頼関係のあるプロのサポーターがいる。
私はさ、あなたのケアはしねーよ。そんなおかしなことはしない。でも友達として、あなたとフェアでいたい。愚痴を聴くけど私も聴いてもらうし、運転だって買い物だって、あなたとは分け合えることがいっぱいある、手加減なんかしないから、あなたも自分のできないことを申し訳ないなんて、思わなくていい。
ずっとそう思ってきた。けれどそれすらもうフェアではなかったのかもしれない。
本当にフェアな時というのは、それを繰り返し思考に刻む必要すらないのだから。

私は彼女と対等でいたかった。余白を見つけては自分自身をサゲようとするあの子と、フェアでいたかった。私を照らす、彼女の中の光について、喋りたかった。そうやって、一緒に、いたかった。

繰り返し過去形なのはね。
彼女が世を去ったとかではない。
ただどうやらその試みがあったらしい。
そうしてそれを、なにか義務を果たすかのように、LINEで告げられた。
どうしてこんなことになっているんだろう、と思った。
いいえ、彼女が追い詰められていることは知っていた。けれど状況が切迫すればするほど、素人が手を出せることは無い。
プロのケアは密にある、家族との対話の時間もある、そういう断片的な情報だけそっと流されていた矢先のこと。だからそれ自体には驚いていなくて、…『どうしてこんなことに』というのは。

どうして、こんなふうにこれを聞かされなくちゃいけないんだろう、という感情だった。
私はカウンセラーでもなければ生活指導員でもない。あなたが生きて笑っていたら嬉しいし死なれればそれなりに一生のことを負う。私はそのつもりだった。私は、彼女が、ただ機械的な『報告』のようにそれを、私に言うのが、…信じられなかった。
…もう余裕なんかどこにもないあの子が、そんなふうにすべてを茶化して、すべてを無機質なことにしようとする理由もわかる。それ以外できないことも、想像はつく。
けれど…これは。この扱われ方は。
違和感の内側に私を置いていることを知らないで、彼女からの言葉は続いた。『話を聴いてほしい。』
たぶんここを、そのままにしたら。
私は彼女の友人じゃなくなるんだ。そう思った。

私を、カウンセラーにしないで。ケアをくれて当然の相手にしないで。あなたの言葉に振る舞いに、傷ひとつ負わない人間のように扱わないで。
私は要するにそう感じて、それで翌日、丁重に断りの連絡をした。それを受けとめる力は私にはない。私はスーパーヒーローじゃない。そんな責任は負えない、こんな一方的な要請で。
そもそも、誰かの重さを抱えられる私なら。こんなふうに言葉を磨きあげたりはしない。なにもできないから話を聴ける。なにも変えられないから僅かの間でもあなたと自由を感じたかった。私に求めているなにかを、あなたが見つけるならそれは…自分自身の内側にしか、無いよ。

『お互いに生き延びたら、楽しいことをまた一緒に、いっぱいしよう。』
そう送った。



これは懺悔だ。
再生するのを見たがった、これは私の侵略だ。
癒されずにいたい時もある。そうやって繰り返し螺旋の上を、歩いてゆくしかない時がある。
そうやって這いずり回ってしか、いられない時がある。知ってる。そうやって、そこから何度も立ち上がってきただろあなたは。知ってる。
知ってるから、心配はしないよ。そんなものはあなたの周りのプロと、あなたの家族がしてくれるだろ。売るくらいもらってるだろ、『心配』は。

私は無責任な『信頼』を、自分の手のひらに残している。
侵略しないために、口が裂けてもあなたには言うまい。どんな言葉も呪いになる、縛りになる、だからもう直接会うのでなれけば、どんな無責任な言葉も送るまい。これだってちゃんとあなたを見てるとは言いがたいことだ、こんな盲いた人間しか周りにいない、それがあなたの一番の不幸なのかもしれない。

これだけ胸をさらってみても、結局出てくるのはこんなことだ。こんなふうに、勝手に光をあの子に見る。

のびやかな声で、笑うあの子を見ていたかった。
これは私の侵略だった。
私の欺瞞だった。でも結局それでも、差し出せるものはそんなものばかりだ。
そんなものばかりだ。やさしいきれいなきもちで手がけたら、触れたすべてもまた『やさしいきれいなもの』ってことにできるなら…どんなに楽だろう。どんなに、幸せだろう。
そうはならんやろがい。そう言って、笑って、差し出せるものの手数を増やすよりほか、無い。だって侵略したいわけじゃない。侵略されたいわけでもない。ニンゲンは弱いから、ちゃんと立ち上がってしか誰かと出逢えない。
私は自分で立ち上がって、再生するのを愛でるのはせいぜい物を相手に、作ること限定に欲望すべきだと自分に、言う。持っている時間はとても少ない、作りたいものやりたいことは山のようにあって、それを生きている人間にぶつけるなんて、暴力以外のなにものでもない、と重ね重ね言い聞かせる。

ねぇ、あのさ。こんな夜でも外はきれいだよ。
虫が鳴くよ。夜香花が香るよ。あなたに見せたいもの、あなたを愛してくれるもの、いっぱいいっぱいあるよ、ぜったい間違いないよ。だから、立ち上がって笑ってくれよ。もう一度あなたと、海を見たいよ。

そいで…その時にはさ。『再生』なんかいらないって。それでもただ、あなたと笑い合える私になっておくって。
約束する。

この先で、生き延びて、また楽しいことをいっぱい、一緒に、しよう。


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