見出し画像

ブループラネット・リコンタクトの背景

 時は2199年、地球は経済的混乱と社会的衰退との絶望的な戦いの最中にある。都市国家の複合体が社会と政治を支配し、天然資源は枯渇しつつある。文明は、50年にわたる暗黒時代をかろうじて生き延びたが、それはただ「荒廃(Blight)」として知られている。30年近くもの間、人工的に合成されたウィルスが世界中の農業生産を破壊し、社会はパニックに陥り、何十億もの人口が餓死するに至った。その混沌とした状況が安定したきたのは、主に世界環境機構(Global Ecology Organization)の努力の結果によるものである。この組織は、国際連合が「荒廃」に対応するために結成した。そして、今、地球上の国際機関として、唯一残っている組織である。強力でグローバルな組織でありながら、あらゆる面で困難に行き当たっているGEOは、企業の横暴と社会経済的絶望に直面しながらも、人権と生態系を守るべく奮闘している。GEOは、太陽系と、その先にある新たに再定住を始めた植民世界に残された、最後のそして最良の希望である。
 2065年、「荒廃」が発生するずっと以前に、研究者達は冥王星の軌道の外側に異常な天体を発見した。その後の数十年にわたる一連の探査が明らかにしたのは、それが空間の裂け目と呼べるようなものであるということである。これが、ワームホールと呼ばれる特異な時空構造が実際に確認された最初の例となった。更に調査が進むにつれ、この減少が別の宇宙領域への通路であることが判明した。ワームホールの先には、青い海に覆われ、生命に満ち溢れた地球のような惑星があることが分かり、人類は畏怖の思いを抱いた。
 人類未踏の原子世界。その水の世界は、やがてポセイドンとして知られるようになる。
 国連加盟各国は、地球資源の枯渇と環境汚染による負担を軽減するための長期計画として、ポセイドンに遺伝子組み換えを施した人間を移住させる植民計画を開始した。アテナ・プロジェクトは、経済的に破綻状態にあった地球を救い、社会を高揚させることに大きく貢献した。しかし、植民船が出発し、計画されていた補給船が建造される前に「荒廃」が発生してしまった。国連は「荒廃」に対抗するための資源を確保するために、プロジェクトと入植者を放棄することを余儀なくされた。これを契機に、国連は何年にも渡って厳しい決断を迫られることになった。
 補給が打ち切られ、地球との連絡が途絶えても、ポセイドンの入植者達は生き残った。技術が衰退したり機械が故障したりしても、開拓者達は自らの創意工夫と遺伝子組換えを施された身体を頼りに生き延びた。ポセイドンの入植者達は、小さな村や家族のグループに別れて、古代ポリネシア人のような生活を送り、無数の島々に住むようになった。
 その結果、分かったことの一つに、ポセイドンにいる知的生命体は自分たちだけではない、ということがある。その海洋種族(ネレイド)は、行動も動機も全く異質な異星人であり、入植者達にとて全く不可解な存在だった。遭遇することは稀だったが、それはしばしば危険を伴った。その知的種族の奇妙な共感能力の証拠が発見されると、迷信が広まった。この生物の起源と動機は、地球の深海と同様に暗い謎のままである。
 地球では、GEOが緩慢ではあるが人類の未来を切り拓き、再び宙に目を向けた。2164年、2度目の植民地化を目指して、小型の探査船がワームホールを通って送り込まれた。当初の入植者達が生き残っているとは誰も予想しておらず、地球の人々は、植民地が生き残っているどころか、入植者が当初の5,000人から80,000人以上に増大していることを知って驚愕した。
 この再接触(Recontact)に対する、入植者達の反応は様々だった。ある者は興奮しそして安堵し、ある者は深い憎悪にかられ無人の地に引きこもったが、大半は平静なまま無関心だった。ポセイドンはもはや彼等の故郷であり、彼等こそ、ここの原住民だった。入植者の子孫達は、この惑星に馴染み、自分達が築いた生活を手放すつもりはなかった。
 地球とポセイドンの間の行き来は当初、小規模であり、科学探査や企業の研究、開発チーム等が中心であった。当初、これらは原住民や惑星そのものにほとんど影響を与えなかった。しかし、ポセイドンの秘密が明らかになるにつれ、状況は一変した。ワームホールの性質やポセイドンとの関係については議論が未だ尽きない。海洋種族、ネレイドの知性については、接触や捕獲がことごとく失敗されたことから、疑問視されつつある。この惑星の生物学的多様性と生態学的な複雑さは解明困難であり、地球とポセイドンとの2つの世界におけるDNAの共通性も説明できないままだった。しかし、信じられないことに、企業の地質研究者達は、この惑星の露出した地殻の中にある物質を発見し、それが植民世界を永久に変革するだけでなく、古代異星人の遺産との生存競争へと踏み込ませるほどの熱狂をもたらすことになった。
 不老因子鉱(Longevity Matrix Ore)あるいはロング・ジョン(Long John)と呼ばれる物質は、企業の鉱物調査により初めて発見された。当初は厳重に秘匿されていたが、すぐにこの物質が持つ素晴らしい可能性が広まっていった。ロング・ジョンを精製するれば、現在の遺伝子工学の分野でも手が届かないほど精密な生化学的ツールとなり得るのだ。人類は不老不死の鍵を手に入れたのである!
 いまだ死臭の漂う地球において、人類は歴史上かつてないほどのゴールドラッシュに沸き返った。企業の貪欲と人類が抱える絶望が相互に作用し、己の権利を主張し、人間の剥き出しの死の恐怖に駆られた市場にロング・ジョンを供給するために、何百万人もの人々がポセイドンに押し寄せた。
 2199年現在、ポセイドンは、企業の新興都市、採鉱施設、先住民の入植地、軌道上の工場で構成されている。生活は厳しく、変化が早く、そして海と陸の両方にまたがる。先住民の権利を保護し、環境規制を守ろうとするGEOの司政官により、辺境法が適用されている。海底の施設は戦闘潜水艦の小艦隊により守られており、企業買収にはしばしば海兵攻撃チームが必要になる。原住民は、企業への憎しみを強めており、惑星を守るための蜂起が頻発する中で、新しい世界への不安を抱くようになった。毎月、新天地を夢見て何千人もの新規入植者が到着するが、彼等の苦境に付け込む悪徳業者や犯罪の犠牲になることも多い。ネレイドは未だ謎に包まれているが、破壊行為や暴力行為の原因とされることが増えている。そして―その背景にあるものだが―科学者達は、「水の下に何かがいる。何かが起きている」と警告を鳴らしている……。

いいなと思ったら応援しよう!