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ファーンハンのドラストール旅行記からの抜粋

 1599年に、探検家にして記録者であるファーンハンが、ルナーの交易探検隊の一員として、南方をドラストールからラリオスまで旅した。莫大な贈物によりラルツァカークと懇意になったことで、彼は正規の交易ルートではなく、ナンタリ台地に沿ってリスクランドに入る東回りの経路で戻ることを許された。この道程において、彼は、ブルーの王、ラルツァカークの配下、マンスライムの指示によって付けられたブルーの案内人と護衛の同行を受けた。そうすることで、文明人にはほとんど開かれていないドラストールの未知の部分を垣間見るというたぐい稀な幸運を手にしたのである。

【ドラストールへの入境】私たちは南方に旅して、ケンティル地方を抜け、全く知られていない古い道を通ってオールドウルフ砦に至った。多くの野生の獣を炎で退けたり、剣や魔法で殺した。交易の前哨であるオールドウルフ砦は、既知の地域の南の境界に位置している。その先がドラストールだ。ルーンが消えかかっている古代の石塊を超えて入境した。アーカットが何世紀も前に、ドラストールの境界を示すためにこのような石塊を配したのだ。この岩に込められた魔術の秘密は失われたが、その力は未だ生きている。

【毒茨のエルフについて】我々は、その女エルフが宿営のかがり火のそばに現れるまで、全く気が付かなかった。彼女は恐れる素振りはまるでなかったが、我々に何も話そうとはしなかった。ようやく、我々は彼女が何を望んでいるか分かった―エドマレが身に着けている銀の指輪だ。我々は、友好を示す身振りと共に、指輪を彼女に与えようとしたが、彼女は即座に姿を消した。朝になって、バンニル―彼は並外れた追跡の技能を有している―が調べたが、彼女がどこに行ったかを示す痕跡は全く見つけられなかった。

【ラルツァカークについて】ラルツァカークは、どのような人間の姿も取れるが、その頭部は額から螺旋状の筋の入った一本の角の生えた純白の馬のままである。話し方や振舞いは洗練された紳士のそれだが、彼の恐ろしいほどの魔力ははっきりと感じ取れる。彼の奇怪な配下は、彼を恐れている様子はないが、自分たちが彼より劣って穢れた存在であることは弁えているようだった。彼は、我々と話しながら、何かの動物の腿肉を生のまま齧っていた。彼は、私に自分の剣を抜くように命じ、その剣を私の首に充てた。私は決して彼に逆らうまいと思った。
 私が、なぜ、神の座に付かないのかを尋ねた時、かれは答えた。
「なぜ、私が奴隷の契約を望まねばならないのかね? 天空の宮廷の奴隷の襤褸切れであるよりは、ドラストールの自由な民の鋤を導いてやった方がいいだろう……」
 彼は帝国の最近の情勢に非常に興味を示し、親しく私に対して様々に問うた。彼はジャローの手稿という贈物を大変に喜んでいるように思えた。そして、交易の期間の間、ドラストールの地を安全に通行できるよう取り計らってくれた。彼は、私が交易のルートとは別の経路をたどりたいという申し出については、拒絶したが、次の交易期間に同じ内容を再び請願するなら考慮する旨を言ってくれた。

【悪鬼の高原にて】案内人が言うには、春には、ラルツァカークに命じられ、彼への貢献を示すために怪物どもが集まってくるという。季節が悪かったため、私はこれを見られなかった。護衛が言うには、何千頭ものブルーが現れ、何日もの間、戦争さながらの演習が続けられるそうだ。

【アーカットの最後の塔にて】ルナー帝国の守備隊が、この堅固な城塞を護っている。塔は、500mの幅の小高い丘を土台にして100mの高さでそびえ立っている。狭い小道が、標高のある人工的な山を曲がりくねって延びており、風化しつつある土の防壁が直線的に30m×40mの空間を囲む石の城砦まで続いている。狭い門から入ると中庭には、古代の石の塔と共に最近建てられたエティーリズの宿泊施設がある。商人や旅人は、中庭や宿泊施設において雨風をしのぐことができるが、混沌の生き物は歓迎されない。中央の砦に入ることができるのは守備兵だけだ。ここにいた旅人たちの中に、ロスカルムの高貴な武人、名誉を失ったルナーの士官とヤーナファル・ターニルズの従士、巨大なダークトロウルがいた。彼らは、グバージの物理的な肉体がこの山に土台に埋葬されており、強力な魔法と精霊がこの世界の終りまでこの遺跡を守護しているという。

【カートリン峠、ラリオスに向かって】カートリン峠の砦に一季節の間、滞在した。ここにはドラストールに関する古い書物を多数所蔵する図書室がある。

【ラリオスから帰還する旅路】憤怒の城砦に戻り、ラルツァカークとの謁見はかなわなかったが、自らを「マンスライム」と称する彼の側近の一人が交易経路を外れ東に回る経路を許可してくれた。ブルーの衛兵の一団が護衛として付けられ、表面上は我々の安全を確保するためだが、同時に監視役も兼ねているのだろう。ブルー達は、我々がマンスライムとラルツァカークの覚えがめでたいことを強く意識し恐れているようで、我々に対してすこぶる友好的だった。ブルーのうち何頭かは、流行りなのか新ペローリア語で話す。彼らは嬉しそうに身の毛もよだつような恐ろしい生き物の話をし、彼らの素晴らしかったり悍ましかったりする習慣を愛情を込めて詳細に物語った。我々は、彼らの表情を読む術がなかったので、いくつかの根拠に基づく奇妙な確信を得るまで、彼らが、我らの費えで楽しんでいるのではないかと疑いもした。案内人によると、ブルーが嘘をつかないときは、極めて高い敬意の現れなのだと言う。怪物どもは、我々の七母神の信仰に並々ならぬ興味を示すともに、彼らの堕落した信仰の詳細についても開けっぴろげに共有してくれた。

【憤怒の城砦からファーンハンとブルーの案内人の一行は、灰の平原を北に迂回し、死霊ヶ原を抜け、ナンタリ台地の崖下の斜面に沿って進んだ。】

【テルモリ、狼の民について】日中は、人の姿をしているが、荒の日に赤い月が満月のときには、狼に変わる人狼の魔法をかけられた者達である。ナンタリ台地の縁から200mの高さにそびえ立ついくつもの滝が瀑布を成している。我々の案内人が言うには、あの高地から生きて歩いて帰って来たものはいないとのことだ。蜘蛛の森と鉛の塔を除いて、これほどの恐怖と破滅の物語を有する地域はないので、案内人は、この話を熱を入れて物語った。

テルモリ

【灰の平原にて】我々は、案内人に灰の平原に立ち寄りたいと頼んでみた。ジェナーテラ中を回っても、あそこほど荒涼した景色はまずない。数々の呪文の力により、地域全体に強力な魔術的気象が放出されていることが明らかになっている。平原の近くで、ブルーの案内人がでこぼこした物体を発見し、我々が調べるために持ってきてくれた。我々には、それが魔力を持つことは分かったが、その起源や機能は全く未知のものだった。詳しく調べてみると、それは金属の棍棒のようにも思えたが、何年間もの間、風化し摩耗した泥のレンガのような印と凹みがあった。その物体は、我々の前でも仄かな光を放っていたのだが、それは闇が落ちてからでないと分からないほどだった。ブルーは、我々が彼らの発見物を彼から奪い取ってしまうことを気にしているようだったが、我々は、このような危険な物体はブルーに任せるのが一番だと結論した。

【野生のブルーとは】我々を護衛するブルー達は、苦痛にも近い努力で自らをドラストールにはびこるブルーとは異なる存在たらんとしている。彼らが言うには、無知と情動の怪物が辺境を徘徊し、生肉を食らい情欲を滾らしているということである。そいつらが情欲の対象にするのは、地域の動物や灰色肌、自分たちの仲間にとどまらない。案内人は、岩や樹木を獣欲の対象とすることさえあると言う。このようにして、腐敗の園を抜ける陰惨な風景の中で、土、石、毒を持つ草木など、生きていくためなら何でも喰らうような蠢く存在が生み出され、しばしば飢えと渇望の狂気の中でゆっくりとお互いを貪り喰らい合うことになる。
 野生のブルーは獰猛で狡猾だが、教えようとする者が皆無なため、魔法を知っていることはほとんどない。我々が目にする個体は、小さくて弱く、しばしばグロテスクでのろまですらあったが、おそらく、この環境の適応した個体は、我々の目にそもそも触れないように振舞っているのだろう。野生のブルーが、魔法を知っていることはほとんどない。我々と行動している文明化されたブルーによると、野生のブルーの何頭かは捕らえられ、ラルツァカークの勢力に組み込まれていると言う。そのような野獣から文明化したブルーがこの地を熟知した斥候して我々に同行している。

ブルー

【ラルツァカークの軍役に供するブルーの採用について】ラルツァカークの側近は辺境を巡回しているが、彼らが角笛を吹き鳴らせば、ラルツァカークの軍に入りたいと思う者にとっては、それは次の日からその候補者選定が始まることを意味する。選定試験には、何かを殺すこと、服従を示すこと、力を証明すること、魔法に対する潜在的能力を示すこと、簡単な論理の問題を解くことなどが含まれている。彼らは、ブルーの部族の領域で、選定の開始を告げることがあるが、これはラルツァカークに自分たちの最高の手下を奪われることから、ブルーの部族長達の激怒を招く。しかし、ラルツァカークへの臣従が持つ魅力は、ブルー共が自らの主人の怒りを買ってでも選定に参加することが多いほどである。案内人は、もし、選定されず、ラルツァカークに召し抱えられなかった場合は、そのブールは自分の仲間と指導者を裏切ったことが露顕するため、極めて危険な状況となる。

【塵埃霊について】ブルーの斥候は、ドーカットとその近傍に出没する死霊を避けるために、崖のすぐ下に我々を導いた。どうやら、この地には奇妙な精霊が憑りついているらしい。同行しているブルーの祈祷師は、我々を霊から守ることができず、彼が主張するには、ここの霊は、どんな種類にも該当しない「塵埃霊」だという。狡猾な捕食者は、霊に捕らえられた者を狙って、このような呪われた地でも潜んでいる。

【スライム鹿について】この特徴的な生き物は、滑らかな灰色の毛皮を持つ鹿のように見える。頭部は欠落していて、首があるべきはずの部位は赤い傷口が開いたままになっている。この生き物の感覚器官は、否応なく、この穴の下にぶら下がっている嚢状の器官にまとまって収まっている。この嚢状の器官から、酸性のスライムを植物の上に垂らし、垂らされた植物は、数分の内に悪臭を放つドロドロした塊に変わってしまう。そして、ぶら下がった頭の嚢から舌を突き出し、その不気味な粘液の塊を吸い取る。
 ブルー達はスライム鹿を何頭か殺し、その肉で我々の食事を準備した。私は気取っていると見られたくなかったので、その肉を口に含んだが、多少かたいものの、驚いたことに美味だった。食後に、親切にも、ブルー達は、スライム鹿の肉は毒性だから、素人は料理に使わないようにと注意してくれた。

【腐れの園にて】我々は、丸石の転がる崖の下の斜面に宿営した。見晴らしの良い場所だと、夕暮れ時に沼地から霧が湧き上がるのを見ることができた。最初の見張りからすぐに、何か大きくて、よろめくような動きをする生物が騒がしく近づいてくるという警告を受けた。その騒々しい音は一斉にやみ、おそらく20mほど離れたところから、信じられないほど音楽的な響きの、極上の声で話しかけられた。その言葉は理解できなかったが、「すべての海が涙であったならば」というナヴェーリアの小唄が真実であることを認識した。私は言葉にならぬほど感動した。その声は、同じ話題を数十回繰り返した後、途中で止まり、その生物は大きな音を立てて、腐れの園の深みに落ちていった。ドラストールの隠されし叡智をこれほどまでに強く感じたことはなかった。

【蜘蛛の森にて】この地域の雄大な木々は、高さが100メートルを超えることもしばしばある。針葉樹に思えたが、案内人は、そこに生息していると言われる巨大な蜘蛛を恐れて、決して森に近づこうとしなかった。ブルー達は素知らぬ振りを装っていたが、我々が森の地域を迂回している間、不安そうにしていた。我々の進んだ経路は、厄介な茂みや歩き難い湿地帯を抜けるものだったが、森林内の木々の間は遠くから見ると開けていて徒歩に容易に見えたので、この経路を選んだのは、それだけの理由があったに違いない。

【鉛の塔にて】鉛の塔は、森にすっかり隠れていたので、一瞥すらできなかったのは残念だった。私は護衛に遺跡を訪れたいと懇願したが、ブルー達が言うには、ラルツァカークに使える魔道士達が塔を聖域として主張しているらしい。私は彼らに質問した時、まるで誰かが、証拠も経験も逸話もないにもかかわらず、この話をブルーが我々にするように命じたのではないかという印象を受けた。ドラストールの危険性を分からせるために、我々の案内人がどれほど精巧に仕込まれているのか、空恐ろしくさえなる。

【ドラスタの社にて】ドラスタの社は帝国の低地地方に見られるような小農村だが、案内人達は、そこに我々を残して去っていった。このような開豁した場所で、特に自然の護りや築城も無しに、ドラストールの混沌に対して何世紀にもわたって無事でいたのは信じがたいが、人々は女神ドラスタがあらゆる害から彼らを護っていると主張している。ここの肥沃な土地は、大地を覆う豊富な灰からできていると言われている。荒野での野宿の厳しさの後では、素朴な農家の夕食と快適な寝床は、最高の贅沢に思えた。

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