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沖縄とお線香3「英霊と土佐之塔」

 毎回、沖縄に旅行すると宿を安くしてもらったり、物をもらったり親切を受けることが多い。不思議な現象もよく起こる。2021年1月の沖縄滞在(1月16~31日)では、初めて泊まった宿で料金を安くしてもらい、自炊用のお米やハガキをただでもらい、会うのが2回目の画家の先生から車を滞在中ただで貸してもらえた等々。
  そして、宿で信じられないほどの猛烈な眠気が4~5日続き、部屋のベランダからの写真にオーブが山ほど写ったので、東京に帰ってから信頼できる友人にチャネリングで聞いてもらうことにした。
 ◇    ◇
 2021年2月23日のイベントで、チャネラーのアリサさんに質問した。アリサさんはチャネリング講座の同期で、先生であるインフィニーに次いで信頼しているチャネラーだ。
 車を貸してくれた画家の先生の紹介で、名護市の一軒家の宿(ゲストハウス)で10泊した時のことを説明した。
沖縄とお線香「宿とラップ音」|池さん (note.com)を参照)

「ここの和室の部屋で泊まっていたら、ものすごく眠くてたまらなかったんですね。コロナで他のお客さんも来ないし、1棟1人で借りている状態だったんだけど、なんであんなに異常に眠たかったのか。ただ、長年の疲れが出たのか、何かが治療してくれたのか、何かがあったのか、何のためだったのかなあ」
「DNAチェンジと言ってますね。DNA書き換え。それで細胞レベルで変化しましたと言っています」
 
「あ、それでその和室のベランダから撮った写真、前にアリサさんに見せた写真ですが、朝日を撮ったらオーブがいっぱい写ってるんですね。何枚撮っても。あれは何が写っているんですか。何の存在が写ってるんですか」
「おそらく精霊の類(たぐい)ですね。沖縄の精霊たち。あなたも感じてたでしょう、と言っています」
「う~ん、感じてというか、撮れているからねえ」
 確かに、この時は何かが良いことしてくれているんじゃないかと思ってた。猛烈な眠気はあっても、心地良かったのは覚えてて、その状態の時に精霊という単語は浮かんでた。合ってるなあ。

異常な眠気が来た朝日の写真に写るオーブ

「で、その宿でお線香を4回か5回上げたんですね。普通、同じ建物で4、5回も上げるってことないんですけど。宿泊料金も安くしてくれたり、長く滞在できるよう自炊用の玄米くれたり、ハガキをタダでくれたりして何か足止めというか、引き留められて何かやらされてるようにも感じたんですけど。同じ建物で、リビングや部屋、屋上と場所変えてお線香を上げた意味ってあったのかな」
 
「ほんとですね、そのお線香を上げているってものそうなんですけど、池〇さんが沖縄の精霊たちにとても好かれてるんですって。精霊、そして英霊も入りますと言っています。お線香上げてるから、英霊も。とてもあの、祝福されていると言っています。
 それでみんながあなたの改革、心身共に改革することを手助けしているし、サポートしたいと思っています。なので、あなたが引き留められたと感じたのは間違いではないですよと言っています」
 
「それでか。いや、次の質問がそれなんですよ。グーグルマップにも載っていない慰霊塔に沖縄のお母さん(赤田さん)が連れていってくれて。連れていった人も知らなかったんですけど、そこに『土佐之塔』(沖縄県八重瀬町字具志頭武座原1457)って、(故郷の)高知県出身で沖縄戦と南方戦線で亡くなった人の慰霊碑が建っていたんです」
「うん」

「僕は、行くのは2回目だけど(3年以上前に別の人に連れていってもらったが、場所は覚えてなかった)、そこからの景色は、とてもきれいなところで、こういうところで眠っているならよかったと、非常に涙が出たんですけど、それがさっき言った英霊?」
「そうです」
「ぅ~ん‥」
「こう、敬礼している姿が見えますね。若い男性が。顔とかは汚れちゃってるんですけど、こうやって敬礼していますね」
「なるほど・・」
 一瞬、土佐之塔の横で敬礼している若い男性の兵士の姿が浮かんだ。
「本当に感謝している、と言っていますね。いつも心温かい祈りをありがとうと言っています」
「届いていたのか‥」
「届いてますね。ちゃんと届いてます。えーっと、あなたの立てるお線香の煙は時空を超えて、我々の魂にもしっかりと届いています。それで、何百人、何百万人の魂が癒されているんですよ、ということを言っています」
「・・うん、時空を超えて、届いているんだったらよかった。それはよかったです‥」
 言葉が出なかった。東京からのお線香が届いていた。
 
「見返りを求めないで祈りを捧げ続けてくれて、ありがとう、というふうに言っています」
「見返りはねぇ、、そういうものじゃないから・・事情を知った者が上げるものだから」
「その代わりに精霊や英霊たちがサポートしてるという感じですね」
「あ~、なんとなく分かってたことと一緒かぁ。たぶん、お線香のお礼で何かしてくれているのは感じてたんです」
「そうですね、通じてますね」 

沖縄戦と南方戦線で亡くなられた高知県出身者の慰霊塔「土佐之塔」(沖縄県八重瀬町)。塔石は、高知県の仁淀川の青石で作られ、高知県の方角を望んで具志頭の丘に建てられている。
土佐之塔から見える光景

  これ以上話すと、涙が出そうだったので質問を変えた。
 沖縄滞在中、聖地の山に沖縄でお世話になっている赤田さんと一緒に行ったが、赤田さんは登らず、僕だけ登ってお祈りした理由を聞いた。
「2人で行ったのに僕だけ登って、頂上の聖地には他に誰もいなくて、今後は役割を果たしますとの宣言とお祈りをしてきたんですけど、それは意味はあったのかな」
「えーっと、祈りというのものは1人で捧げるんですよ、と言われたんですが」
「そうなのか」

「あなたがお線香を立てる時のように、みたいなことを言ってますね」
「まあ、上(山の頂上)でもお線香を上げるんですけど」
「なんていうか、池〇さんが宣言をしたわけじゃないですか、その宣言の内容も自分自身の人生のこれからについて宣言する重大な祈りだったので、一人のほうが良かったということ、そしてその祈りを捧げる過程というのがあります、それは人それぞれ違うから、もう一人の方はその時ではなかった、ただそれだけです、と言っています」

 「うん、わかりました。前の2年で聖地の山へ行く時には、4人や6人でのツアーになっててお祈りする時に周りに気を使ってたので。 
 その連れて行ってくれた人は赤田さんで、沖縄のお母さんみたいな人で、今回の沖縄滞在中に門中墓(むんちゅうばか)、一族の大きな墓に僕を連れて行ってくれたんです。その墓参りの帰りに階段で赤田さんを後ろから撮ると、赤田さんの頭上には虹色のオーブが写って、真横には白いオーブが写ったんですね。おそらく、真横は去年亡くなった、赤田さんのお父さんで伊福壽夫さんだと思う。要するに、写った虹色のオーブと白いオーブは何だったのか知りたいです」
「ふふふ、えと、チャネリングして聞いてみて下さいと言ってます」
笑うアリサさん。
「あ、自分で聞けるってこと?」
「そうそうそう、なんか、ライトワーカーになりますと宣言したから、そこは自分で、自分を信じて自分でチャネリングしてみて下さいと言っています。ごめんなさい、こんな答えで」
 半笑い半分と申し訳ない感じ半分で説明するアリサさん。
「まあ、そこはいいです、そんな重要な話じゃないから」
 そうだった、アリサさんとはチャネリング講座の同期で、僕もほぼ同じカリキュラムを受けているから、質問しなくても自分でチャネリングして聞けるということなのだろう。

「じゃあ、他に写真で写ってるオーブも大体そういう存在だろうねぇ。首里城でのオーブや車貸してくれた先生の玄関のでかいオーブとか、前よりオーブが写る率が多いんですよね。てことは、首里城での写真についても自分で聞くってこと?」
「です。わかるからと言ってます」
 アリサさんほどではないが、確かに自分で聞くこともできる。普通のお客さんにはそんな回答はしないだろうし、同期のアリサさんに言われたら仕方ない。

  他に滞在した宿のオーナーの女将さんがたまたま同じ高知県出身で、娘さんも霊感が強くてホメオパシーも使ってることから親しくなって、それは偶然だったのか意味があったのかと質問すると、
「魂の同窓会だったみたいですよと言っています。なんか、同じ星から来てるみたいです」
「あー、数少ないメンバーか」
 以前、チャネリングの先生のインフィニー(それか別のヒーラーの人)から、僕はシリウス近くの小さい青い星(名前不明)から来ていて(正確には、他の星も行ってるがその星での要素が強く残ってるということらしい)、仲間が少ないとチャネリングで聞いたことがある。
「なので、だから抵抗なく自分のテリトリーに彼女らは入って来れたんじゃないですか、と言っていますね」
「そうそう、初めてあった時から話が盛り上がって、初日夜中3時まで話して、宿代もすぐ安くしてくれて自炊用に玄米までくれたので、長く滞在できたんです。
 実は、お線香上げる時に『沖縄戦で亡くなれた全ての魂』に、沖縄に行った時にいつも助けてくれてありがとう、とお礼を伝えているんです。なんとなく、お線香のお礼に何かしてくれてることは気づいてました。だから、チャネリングは合っています」

 他に、画家の先生から宿で何回もお線香を上げたことについて「あなたは、その土地に元々いた存在ととてもうまくやったわね」と言われたことなどを話して、質問は終わった。

  このアリサさんのチャネリングは15分ぐらいだったが、今までで一番心に残った。英霊へのお線香は、「事情を知ったから上げている」と答えるのが精一杯で、お線香が届いてたことと、感謝されていることに言葉が出ないほどの想いがこみ上げた。無駄じゃなかった。
 3年前に沖縄から東京に戻って、実家のご先祖や神様にお線香を上げる時に、いつからか沖縄戦で亡くなられた魂にも上げるようになっていた。
沖縄に一時期住んでて、ご縁が深い、思い入れのある島だったし、戦後75年経ってるが、沖縄戦の供養のお線香はまだ必要だろうと上げていた。
 頼まれたわけではないし、そのお線香も赤田さんが沖縄から送ってくれてるので、お線香代もかかってない。それなのに、英霊があんなに感謝してくれて、ずっとお礼をしてくれていたことに後で涙が出た。

 今回(21年1月)、土佐之塔に連れていってもらった時にも呼ばれた感じがしたが、やっぱり呼んでくれてたのか。前回は気づかなかったが、土佐之塔の入口の看板に「英霊が結ぶ交流(高知県・八重瀬町交流会)、南方諸地域戦没者1万7713柱、沖縄戦戦没者832柱」と記されていた。

【塔の由来】
「ここ具志頭の丘は、第二次世界大戦の戦跡であり、吾が郷土出身戦没者にゆかりの深い土地として、また隣接地はかつて津村久茂氏が慰霊塔を建立したところでもあり、今次大戦に散華された勇士の霊を弔うに相応しい處(ところ)として、英霊の遺された崇高な御精神を讃える為全県民の浄財と郷土産の石材をもって、土佐の塔を建てます。
 この塔が世界悠久の平和につながり、民族永遠の繁栄をもたらすことを希ってやみません。
 茫洋たる大洋、紺碧の空、そして孤島に散華せられた英霊よ、安らかに鎮まりませと祈りつつこの塔の由来を記します。」

  沖縄戦や南方で、高知県出身者だけでもこんなに亡くなっていたのか。
沖縄戦はあまりに凄惨で、本や動画もあまり見れてなかった。それは未だにそう、見ちゃいられない。もともとボクシングとかも殴り合いで見ていられないほうなのだが、洋画の戦争映画は普通に観れても沖縄戦の作品は観ることができない。

 土佐之塔でもお線香を上げたが、他の場所と違って、東京都から来ましたではなく、「高知県から来ました池〇です」と名乗ってお祈りした。
 沖縄戦の供養を意識したのは、沖縄の観光財団で1年4カ月ほど働いた時に、職場の管理施設に「旧海軍司令部壕」があり、その慰霊祭の記録係(カメラマン)で参加した時だった。
 地元の小学校の生徒による「月桃の歌」の合唱を聞いた時は、歌詞の意味がわかってじわっと泣けてきたのを覚えている。
 チャネリングの先生のインフィニーから「元々、池ちゃんはお線香を通せる人なの」と聞いてて、沖縄でお線香が通ってるか分かる人も僕の立てたお線香を全員が通ってるといってたから、通る(届く)のは分かっていた。特に修行したわけでもないんだが。
 
 沖縄で神人(かみんちゅ)のおばあちゃん先生(上原先生)から「沖縄のお線香は世界に届く」と教わってたから、沖縄の6本線香「平御香(ヒラウコー)」なら距離は関係なく届くと思っていた。
 そして、7年ぐらい前に東京のペンデュラムの先生から、お線香の意味を「神様や死者のご飯であり、天に登る道しるべとなる」と聞いていた。

 ちなみに、沖縄からお線香などを送ってくれている赤田さんの実家は、土佐之塔がある八重瀬町字具志頭にある。八重瀬町の姉妹都市は、実家の隣の市の高知県香南市で、同市の知り合いの塩井の殿(故・塩井政利さん)が僕が那覇に住んでいた時に、文化交流事業で香南市のよさこいチームを連れて沖縄に来てくれて再会している。
 思えば、沖縄に住んでた時には、森美智代先生(2回)や森先生のお母さん、インフィニーなど知り合いがよく沖縄に来てくれてて、まるで僕が寂しくならないようにしてくれていたように思う。

  アリサさんのチャネリングで、お線香が時空を超えて届いてることと、英霊にお礼に言われたことは想像を超えていた。お線香は、その場所に行かなくて通せるのだが、時間も超えて届くことが分かった。そして、英霊からお礼を言われてた時は、「日本を、日本人を守って死んでくれてるのに、お礼を言うのはこっちだよ・・」と思った。アリサさんに聞いた時には言葉にはならなかったけど、あとで何回も何回も思った。

  余談だが、土佐之塔がある具志頭園地(城址地区)内には、山梨県の戦没者の慰霊塔「甲斐の塔」と、具志頭村遺族会の「慰霊顕彰碑」も建てられている。毎年、高知県遺族会が慰霊巡拝を主催し、地元具志頭の方々も参加して盛大な慰霊祭が行われている。また、地元有志や小中学生が日々の清掃活動をしてくれている。

 土佐之塔の揮毫は吉田茂元総理大臣(実父が高知県出身で、選挙区も高知県)。塔の由来の文章は、文章があまりにも見事で美しく、特に最後の2行が名文で感動してしまったので、公益財団法人 高知県遺族会に電話で問い合わせたが、結局誰が書いたかわからなかった。
 同遺族会によると、建立が昭和41年で沖縄の本土復帰前なので地方自治体の高知県が沖縄県内の土地の取得することができなかったため、「高知県戦没者慰霊土佐の塔建立期成同盟会」という団体を結成して土地を取得した経緯があり、おそらく当時の県の担当部署の職員たちが由来文を考えたのではないかとのことだった。

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