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言葉に出来ないもの

夫と出逢った大学のサークルのなかに、夫よりひと学年下で、私にとっては二学年上にあたる「先輩」がいた。

わかりやすく言うと、
私→1年生、 先輩→3年生、 夫→4年生

「先輩」と夫は音楽の趣味が合い、ふたりで深夜にスタジオを借りてはギターやドラムの練習に勤しみ、録音して自主制作アルバムを作ったりする仲だった。
夫の声がローリングストーンズのボーカル、ミック・ジャガーに似ていると言ったのもこの先輩だ。

私たち3人は帰り道の方向が同じなこともあって、よく一緒に帰った。
新宿に向かう小田急線の車内で、好きな音楽のことやアニメやマンガのこと、サークルのこれからの活動内容についてなど(私たちは、未就学児から小学校低学年の子どもと大学近くの公共のスペースで定期的に遊ぶサークルに属していた)話題には事欠かなかった。

夫が(この時は夫ではないが、分かり易いようにこう書く)就職活動で忙しくなり、3人ではなく、先輩と私のふたりで帰ることが増えてきた。

この時すでに、私が夫に想いを寄せていることに先輩は気づいていて(夫は気づいていない)きっと向こうもキミに気がある、ぜったい告白しなよと励ましてくれた。

好きな作家や好きな本のことで、こんなに話が合う人と会ったことがなかった。
先輩に教えてもらった本を読み、私が好きな本を貸して、いくらでも読書の話が出来た。
そして私にビートルズを教えてくれた。
ストーンズもいいけど、これもいいよ。
次から次へと貸してくれるビートルズのアルバムを聴いて感想を述べると、いつも楽しそうに聞いてくれた。

夫の就職が決まり、大学の卒業が迫ってきて、私は自分の気持ちを夫に打ち明けた。
もう会えなくなるのは嫌です、卒業してからも会ってほしいと。

夫と私が付き合うようになってからも、先輩と私の関係は変わらず、この先もずっと変わらないと思っていた。
デートの話や就職したばかりでなかなか会えないという話をよく聞いてくれた。好きな本やビートルズの話と同じように。

夫も、私と先輩が一緒に帰っているのを分かっていた。私の口から聞く先輩の近況を楽しみにし、学生時代を懐かしんでいるようだった。

先輩が卒業を迎えるとき、これでもう一緒には帰れない現実に、私は出来るだけ目を背けようとしていた。

「まぁ、いつでも会おうと思えば会えますし」

へらへらした私に

「それは出来ないね」

いつになく真面目に先輩が言った。

私たちはずっと、言葉に出来ないものを共有してきたのだなとその時思った。

それは何だったのかな。
言葉にしてはっきりさせるべきだったのかな。
私はずるかったのかな。
ずっとずっと、ずるかったのかな。

私が恋をしていたのは夫だった。
先輩を傷つけてしまっていたのかな。ごめんなさい。ごめんなさいっていうのが、ごめんなさい。

微妙な空気のまま、先輩は大学を卒業した。


◇◇◇◇◇◇

8年後、先輩は私たちの披露宴でピアノを弾いてくれた。
素敵な演奏だった。

父が亡くなったときは手紙をくれた。

家にも何回か遊びに来てくれたし、子ども達にも会ってくれた。

夫と先輩は、年に一回会って飲むのを互いに楽しみにしている。昨年からはずっと会えていないけれど。
メールでは音楽の話ばかりしているようだ。

医療現場で働いている先輩が「ワクチン打ったってメールがきたよ」と夫が教えてくれて、ホッとした。

先輩が教えてくれた本もビートルズも、私は今も好きです。
あなたは大切な大好きな友達です。
今までも、これからもずっと。
「そういうのは、もういいから〜〜」
笑顔でそう言われそうだから、一生言わない。


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たぬきの親子さんの企画に参加させていただきます。
あの頃の気持ちを今振り返って、noteに書いてみたいと思いました。
新宿行き小田急線の車内は、私の青春でした。
出逢ってくれた夫と先輩にありがとうの気持ちを込めて。





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