『バラックシップ流離譚』羽根なしの竜娘・11
気に入らない。まったくもって気に入らない。
彼《セレスタ》のことなら生まれたときから知っている。
あの日は犬人族《ドギーム》の集落でボヤ騒ぎがあり、それから新しく世界が発見されたりもした。
冒険心をうずかせた連中が盛り上がるなか、発育が危ぶまれていた卵は無事に孵り、三年ぶりに〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉の家族が増えたのだ。
わたしは彼の遊び相手を任され、教育係には人竜族《ツイニーク》のユージアルが就いた。
重厚な外見に似合わずユージアルは怠惰な性格で、よく言えばのびのびとセレスタが育ったのは、その放任主義の成果と言える。
(おかげで年上のわたしのことも、ぜんぜん敬わなくなったんだけど!)
とにかくも、晴れてセレスタが一人前となり、いよいよわたしとバディを組むときがきたと思っていたのに、肝心の彼は単独で行動したがり、いっこうに人とつるもうとしなかった。
まあ、やっと教育係がいなくなったわけだし、自由を謳歌したいのだろう。
そのうち気が変わるだろうと思っていたら、はや数年。
いよいよ我慢の限界が近づいてきたところで、突如現れたのが彼女《リーゼル》だった。
(まったく。ふざけるんじゃあないってのよ!)
溜まった鬱憤を晴らすべく放った一撃は見事に決まり、セレスタは蹴られた猫のように飛んでいった。
「うひょおっ、やっべえ!」
「あの子はどうなった?」
「なんか家の壁ぶち破ってたけど、大丈夫か?」
ギャラリーが騒いでいる。
はン、お気楽なものよね。こっちがどんな思いで戦ってるか知りもしないで。まあ、知られたいとも思わないけど。
壁にあいた穴から両足が見えている。太ももが露わになり、ちょっと目のやり場に困る。
けれども、まだ動いている。
そうこなくっちゃ。
「まっさかぁ、ギブなんて言わないよね?」
「も、もちろん!」
いいお返事。
思わず舌なめずりしてしまう。
おっと、だいぶ霧が晴れてきちゃってる。
空気中の水分に干渉し、ささっと補強。あとずさりして身を隠した。
さあ、どう出る?
向こうは視界を塞がれてるけど、こっちは屈折率を操り、水粒の反射してくる光が目に入らないようにできるので、問題なく霧の中を見通せる。
感覚としては、透明な水の入った水槽ごしにものを見ている感じだ。
ふふ。探してる探してる。
でも無駄。
あなたの動きは手に取るようにわかるし、こちらからどう動くか誘導するのも容易い。
例えば――
彼女の横に、わたしの姿を投影させる。
さっきのことがあるから当然警戒はするだろうけど、それでも反応せずにはいられない。
身構える。
筋肉が強張る。
それだけでもう、別方向からの襲撃に対応できなくなる。
わたしはゆうゆうと背後から近づき、こぶしを突き出す。
手応え――が、今度は吹っ飛ばない。
がっちりと、手首をつかまれている。
ああ、なるほど。
どうせよけられないから、一発もらうのを覚悟で待ち構えていたってわけね。
「でも、浅知恵!」
つかまれたほうの腕を力任せに振りあげ、振り下ろす。
鈍い衝撃。でも、コイツはまだ離さない。
それどころか、両脚をわたしの腕に絡ませ、関節を極めようとしてきた。
「生意気!」
もう一方の手で殴りつけようとする。とたんに、彼女が技を解いた。
えっ、と思う間もなく足を払われ、手をついたところで腹を蹴りあげられた。
身体が浮く。みぞおちに錐を突き立てるような容赦ないトゥー・キック。
「どうだ!? 一発入れてやりましたよ!」
この子、わたしの言ったことを――
「調子……乗ってんじゃあねェェェェ!!」
蹴り足を取る。たったいま、この子がやったことのお返しだ。
でも、こちとらあんたみたいなヒヨッ子とは年季が違う。
体を巻き込みながら同時に尻尾をのどに絡ませ、背面を片足で押して海老反りにさせる。
名付けて、竜人族《フォニーク》式バックブリーカー!
「うおぉぉ、えげつねえ」
「完璧にキマってやがる!」
「これは流石に終わりかァ!?」
外野、うるさい。
リーゼルの背中を押す左足の膝をのばすと、ぎしぎしと背骨の軋む感触が伝わってきた。
足の力とリーゼル自身の体重で、反りの角度はどんどん大きくなってゆく。
そのさまは、まるで天に向かって引き絞られた弓のよう。
あは、愉しい。
生殺与奪を握る、この感覚。
圧倒的強者の特権というやつだ。
「ほらほら、どうしたの? ギブしないよ折れちゃうよ~」
「ふぐぅぅぅぅ……」
リーゼルは必死にもがいている。
尻尾でぺしぺしやってもくるが、わたしとちがって鍛え方の足りない尻尾攻撃なぞ痛くもかゆくもない。
しかし、これでまだ負けを認めないなんて、思ったより強情だな。
いい加減にしろの意も込めて、膝をさらにのばす。
「ふぐっ……ふンぐぅぅぅぅ……!」
メキメキという音がした。
ちょ、これはさすがにヤバいのでは?
なんでこの子、呻くばっかでなにも言わないの?
あ――
そうか。
のどを締めあげてるから、声が出せないのだ。
気づいたときには、もはや手遅れだった。