『バラックシップ流離譚』 見習い魔女さんはトカゲ男に恋をする・1
はじめての恋人
私の名前はフィリア。
最近、好きな人ができました。
告白し、断られ、リトライして断られ、なおも追いかけ、行動パターンを調べて待ち伏せし、彼に近づく女性を排除し、プレゼント攻勢を仕掛け、昼も夜もかきくどいたその結果――
ついに!
ついについに!
ついにイイイイィィィィーーーーーーッッッ!
OKをもらえたんですヤッターーー!!
我が世の春? というのでしょうか?
もう、喜びのあまり地に足がついていない感じで、あれからずっとふわふわしっぱなしなんです!
なんという幸せ。
まるでこの世界のすべてが私を祝福しているかのようです。
ふふ。
ふふふ。
うふふふふふふふふふう。おっとよだれが。
黙っていても、こうして笑みがこぼれてしまうんです。
ほんとうに、ほんとうに嬉しい。
――で。
その、彼なんですが。
知り合いに紹介すると、いつも変な顔をされます。
中には、真剣な表情で「気はたしかか?」なんて訊いてくる人もいます。
まったく失礼極まりない話なんですが、まあ……それもちょっとは……わからないでもありません。
なにしろ、リザードマンですから。
え? だから、私の彼がですよっ。
彼を紹介します
彼、ザーフィ君はイケメンである。
いいえ。そんな生易しいものではありません。
控えめにいって、超イケメン。
超絶美形。絶世の美青年といってもいいすぎじゃないかも。
そのくらい、彼は素敵なのです。
え? 相手はリザードマンなのに、そんなことがわかるのか、ですって?
ちっちっち。わかってないですねえ。
私くらいのトカゲ・ソムリエにかかれば、亜人種である彼らの顔の判別もお茶の子さいさいなのです。
もっとも、ザーフィ君に関しては、たとえ素人であろうとも一目瞭然でしょうと力説したい。
たとえば、目。
クリッとまんまるで、ツヤツヤしてて、まるで大きな黒真珠。縁はすこし赤みがかっていて、彼の心の温かみを感じさせてくれます。
鱗は黒っぽい青緑。背中側には雪を散らしたような斑点があって、ゴツゴツしています。
でも、よく見るとしっとりとした光沢があって、なんともいえずきれいなのです。
横顔はシュッとして凛々しく、特に額から鼻にかけてのまっすぐな線がたまりません。かどっこを指でなぞると、きっと気持いいです。
嫌がってさせてくれませんけど。
正面顔もこれまたいい。
すこし平べったい丸型で、左右の目がきょとんとしているように見えて愛嬌があるんです。
そばでじっと眺めていると、突き出た鼻先に思わずキスをしたくなります。
あと、忘れちゃいけないのが尻尾です。
根元のあたりは私の足よりも太く、まるで丸太のよう。
ずっしりと重く、両手で抱えても持ちあげるのがやっと。
常にひきずって歩くので、ザーフィ君の通ったあとの地面には波形の模様ができあがります。
もちろん力も強いです。獲物を仕留めたり、敵から身を守るときには武器にもなるらしく、大人の男の人でも一発でノックアウトさせられるほどの破壊力だとか。
一度、こっそりさわろうとしたらペシンとはたかれて、しばらくアザが消えなかったこともありました。
むこうは虫を追い払うときのように反射的にはたいてしまっただけですから、非は完全に私の側にあります。
それでも彼は、申し訳なさそうに何度も何度も謝りました。
それだけでなく、私の家までやってきて家事を代わってくれたりもしました。やさしい。
足の爪がカチカチ床を叩く音。
振り返るたびに尻尾をどこかにぶつける音。
私サイズの包丁を使って食材を丁寧に切っていく音。
彼のたてる物音一つひとつに、私は耳を傾けました。
勝手のちがう家で戸惑っているようすがありありと浮かび、思わずフフッと笑みがこぼれます。
ザーフィ君。ザーフィ君ザーフィ君ザーフィ君。
顔だけでなく、中身も素敵な私の恋人。
あなたがこの世界にいてくれる奇跡に、日々感謝を捧げています。
告白受諾
いったい何の冗談か――最初は、そう思った。
次に浮かんだのは、ハメるつもりか? ということだ。
だが、オレはしがないオスの蜥蜴人《サウラ》――いわゆるリザードマンだ。
金も地位も名誉もない。
騙したところで、何の得があるとも思えなかった。
「あなたのことが、好きです」
オレの手を取り、まっすぐな瞳を向けて、その人族の女はいう。
というか、女の子、といったほうがいいのかもしれない。
人族の歳はよくわからないが、身体は小さいし、華奢だし、声もどことなく幼い気がする。
「いヤ、其れハ判っタ」
何しろ、会うたびに同じことを繰り返されているのだ。
この後はきまって、つきあってください、と続く。
「本気なのカ?」
「もちろん!」
「何デ?」
「好きだからです!」
話が進まない。
「オレは、此の通りノ蜥蜴人《サウラ》だガ……」
「大丈夫です!」
困った。
オレのあまり出来の良くない頭では、これ以上の反論は思いつかない。
とにかくダメだの一点張りで逃げるという手も、すでに実践して通じないことが証明されている。
まったくワケが判らない。
いったい何がどうなって、こんなことになったものやら……
だが、判らないなりに、一つだけ確かだと思えてきた。
彼女は、真剣だ。
少なくとも、冗談だとか、騙すとかからかってやろうとか、そういう意図は感じられない。
彼女の頭がどうにかなっているのだとしても、それだけは信じてもよいだろうと、判断した。
だから、オレは首を縦に振ることにした。
そのうち彼女が目を覚ますだろうことを期待して。
恋人とは?
「其れデ――ダ」
カフェ、とかいう人族のよく使う飲食店で、オレは彼女と向かいあっていた。
「付き合ウ、というのは具体的二、何をすればいイ?」
「ザーフィ君は、誰かとお付き合いしたことはないのですか?」
「なイ……というカ、そもそもオレたちハ、其ういうことをせんのダ」
「ええっ」
意外そうに、フィリアは目を丸くした。
「レンアイ、とかいう概念が在るのは知っていル。人族との関係も短くはないのでナ」
「蜥蜴人《サウラ》は恋をしないのですか?」
「しないわけではなイ……と思うガ、オレたちの場合、メスと子を成せるのは族長ト、あとは氏族で最も強い戦士だけなのダ」
「そうなんですか。じゃあ、それ以外の男の人は?」
「メスと話すくらいは許されているガ、生殖行為に及べば命はなイ。そういう掟ダ」
「ああ、よかった」
ぽん、とフィリアは胸の前で手をあわせた。
「なにガ、良かったのダ?」
「その掟、他種族は対象外ですよね。だったらなにも問題ありません。蜥蜴人《サウラ》が恋をしない種族だったら困ってしまうところでしたが、そっちも大丈夫そうなので安心しました!」
「前向きなのだナ」
オレはちょっと感心した。
「其れデ、話をもどすガ……」
「なにをすればいいかという話ですね。さしあたっては、恋人らしくすごしてくれればいいかと」
「恋人らしク?」
オレは首をかしげる。
その点からして、オレには見当もつかない。
「まずはできるだけ長い時間、いっしょにいることです。そして、お互いのことを知っていくんです」
「何の為ニ?」
「愛の喜びを享受するためです!」
そう力説するフィリアの顔は、興奮のためか、すこし赤らんでいた。
「お前の言葉は所々抽象的だナ。オレたちトカゲの脳味噌には理解し難イ」
「難しく考える必要はないですよ。ほら、いまここでこうしていることも、その一環なんですから」
「其うなのカ。何時《いつ》の間にカ、其んなことニ……」
「このあとは、広場をいっしょにまわりましょう。おしゃべりしながら、いろんなお店を見て……あっ、いきたいところがあったら遠慮なくいってくださいね。ザーフィ君の好きなものや好きなこと、もっと知りたいですから」
そういって、彼女は満面の笑みを浮かべた。
たぶんそれは、人族の目から見たら、輝くような笑顔だったのだろう。