『バラックシップ流離譚』 見習い魔女さんはトカゲ男に恋をする・2
友人たちの反応
「正気かよ」
彼氏ができたことを報告したとき、ラキから返ってきた第一声がそれでした。
「ひどいよラキ」
「だってよ、リザードマンだぜ。トカゲだろ? 爬虫類」
「それのなにがおかしいの? 愛の力は種族の壁だって超えるのよ」
ラキは短く切った赤毛が快活な印象を与える少女です。私が力説すると、彼女はドン引きしたような顔になりました。
「えっ。マジなの?」
ワンテンポ遅れて食いついてきたのはリーサ。サラサラのプラチナブロンドがとてもきれいな子です。
「ほらね、いったとおりでしょ? この中で最初に恋人を作るは私だって」
「信じらんねえ。魔女の修行で忙しいのに、よくそんなヒマがあったな」
「時間なんて、やれることはさっさと片付けるとか、出かける用事のついでに会いにいくとか、やりくり次第でなんとかなるものよ」
「ムダに有能よね、フィリアって」
ため息まじりに、リーサがそういいました
「だいたい、二人とも顔は可愛いのに、ラキは言動ががさつだし、リーサは人づきあいが悪すぎるのよ」
「ぐうの音も出ねえ、そこに関しちゃ……でも、うらやましくねえ。うらやまくねえぞ! なにしろ相手はトカゲだ」
「トカゲトカゲって、さっきから失礼よ。ちゃんとリザードマンか、もしくは〈幽霊船《ここ》〉での一般的な種族名、蜥蜴人《サウラ》といいなさい」
「その、ザーフィ君、だっけ? 見た目はどんな感じ?」
リーサが訊ねた。
「えへへえ……見る?」
私はお財布からザーフィ君の写真を取り出しました。
この辺りでは一軒しかない写真館で撮った、私の宝物です。
「うわ。わざわざあんなところで……あそこってすげえ高っけえんだろ?」
「あそこで使う薬品もうちで卸してるから、ちょっとサービスしてもらっちゃった」
「てか、これって金運UP的な? ヘビの抜け殻を入れとくみたいな」
「ちがうってば!」
リーサもひどい。
……でも、そういう効果も、ひょっとしたらあるかもしれません。
まあ、しかし。
人族が蜥蜴人《サウラ》と付き合うとなれば、周囲の反応なんてだいたいこんなものです。
この二人のことですから、そのうちわかってくれると私は信じます。
朝、一番にすることは?
朝、一番にオレたち蜥蜴人《サウラ》がすることといえば、日光浴だ。
といっても、船内で日中降り注ぐのは本物の太陽の光ではない。
ライト・クリスタルという自ら発光する石があり、その光を居住区各所に届け、時間帯に応じて光量を調節する。
それによって、船内には擬似的な昼夜が作られるわけだ。場所によっては季節も再現されている。
ともかくも、朝一番の光を、オレたちは浴びなければならない。
裸になり、石畳の上に寝そべって、まずは背中。
それから裏返って腹側を温める。だいたい一時間。
体温が上がらないと、変温動物である蜥蜴人《サウラ》は満足に活動することができないのだ。
以前は独りでやっていた日光浴だが、最近では一緒におこなう者ができた。
人族のフィリアだ。
見習いの魔女ある彼女は、薬草集めやら水汲みやら、それなりに忙しいはずなのだが、それでも毎朝やってきて、ギリギリまでオレのそばにいる。
「お前にハ必要無いだろウ」
「いいじゃないですか。私は愉しいですよ」
「だガ……」
「はぁ~。気持ちいいですねぇ~」
上着を脱ぎ、すこし薄着になったフィリアは、オレと並んで石畳に寝そべり、時には身体をくっつけ、時には上に乗っかってくる。
そんなことをしたら光を浴びられないだろうと抗議するも、フィリアの体温は思ったよりも高く、結果的に独りでするよりも早く身体が温まる。こうなると、やめろともいいにくい。
独りの時間はなくなるし、彼女に気を遣ってふんどしを着けなければならなくなったが、適当に会話していれば退屈も紛れる。
なんだかんだで、デメリットよりもメリットのほうが大きい。すべてに満足を求めるのは贅沢というものなのだろう。
疑問、質問
「何故ダ?」
唐突に、ザーフィ君がそう訊ねるときは、だいたいおなじ言葉が続く
「オレの何処ガ、良かったのダ」
「もう。何回目ですか?」
ぷぅっ、と頬を膨らませて、私は抗議を表明します。
「オレは蜥蜴人《サウラ》ダ」
「ですね」
「人族の目にハ、醜く映るのではないカ?」
「そんなことありません。ザーフィ君はきれいですよ」
「どの辺りガ?」
「こことか、こことか……ここもですね」
背びれや、トゲや、尻尾や爪。鱗の一つひとつとか。
私はいちいちさわりながら、丹念に説明していきます。
「気味悪くはないカ?」
「ぜんぜんです」
嫌な気分になったりはしません。
繰り返し説明することで、私の中で、彼に対する想いがたしかなものになっていく気がするからです。
それに、ちょっと自信なさげな彼も可愛いですからね。
「お前は変わっているナ」
「よくいわれます」
にっこりと微笑んでみせると、ザーフィ君は照れたように顔を横に向けました。
「逆に訊きますけど、ザーフィ君は私のどこがいいと思いますか?」
この日は、ちょっと勇気を出してみました。
もともと私のほうから好きになったわけですから、彼の気持ちがこちらに追いつくには、多少時間がかかるでしょう。
ひょっとしたら、私に合わせてくれているだけで、彼のほうは私のことを――その、ぜんぜん好きではない可能性さえ、理論的にはあり得ます。
それでも、私はあえて、その質問を口にしました。
「其う……だナ……オレには、人族の美醜は判らヌ……だガ……お前のその、真っ直ぐな心根だとカ、行動力ハ、驚くべきものだト……思う」
「それって褒めてますか?」
「も、勿論……好ましいト、思う……ゾ」
困ってる困ってる。
人族のように汗をかいたり顔色を変えたりということはないですが、それでも困惑するようすは伝わってきます。
表情にも微妙な変化があらわれて、それがなんとも可愛いかったりします。
ザーフィ君が困るということは、つまりは私を気遣ってくれているということです。
その優しさが嬉しくて、思わず彼を抱きしめると、彼はますます困ったように、口をパクパクさせました。
近しき異性
「何だカ、妙なことニなってるわネ」
向かいに座るモルガナが、呆れたようにいった。
彼女は蜥蜴人《サウラ》のメスで、オレとおなじ年に生まれた。
腹違いの姉妹ということになるのだが、そもそも蜥蜴人《サウラ》は血縁をあまり意識しない。
人族の感覚でいうならば、幼馴染みといったほうがしっくりくるだろう。
「な、何のことダ……?」
「噂になってるヨ。アンタが最近、人族のメスとつるんでるっテ」
「本当カ」
誰にもいっていなかったのだが……まあ、そうか。ことさら隠そうとしていたわけでもないからな。
「非常食?」
「いヤ、違ウ」
「だよねエ。鎖に繋いだリ、閉じ込めたりしてるワケじゃないようだシ」
結構正確に把握されている。
「……実ハ……其ノ……好きといわれテ、恋人関係を結んでいル」
観念してそう白状すると、モルガナはしばしきょとんとし、それから腹を抱えて笑い出した。
「マジカ! マジなのカ! まさかお前、人族に欲情する変態カ!」
「ち、違うゾ。其うではなイ」
「本当ニ?」
「あア……だト……思ウ」
「何故目を逸らス?」
フィリアをどうこうしたいと思ったことはない。
むしろ、やたらとさわられたり、くっつかれたりして鬱陶しいと感じることのほうが多いくらいだ。
だが、ああもあけすけに好意を示されれば、邪険にするのも気の毒な気がする。
そうして、よほどのことがない限り接触を許容してきた結果、こちらも慣れが生じてしまったのだろう。
なんだか、悪くないと思うようになってしまったのだ。
それどころか、最近ではフィリアがさわっていないと落ち着かないと感じることさえある。
これは由々しき事態、なのではなかろうか。
「なる程ナ。強引に迫られテ、断りきれなかったわけカ」
「うム」
「デ? どうするんダ、此の先」
「一種の気の迷いだろウ。其の内、彼女も目を覚まス」
「覚まさなかったラ?」
「怖いことをいうナ」
思わず頭を抱えたくなった。
もし、そうなったら……どうしよう。
材料集め
「近頃、よくどこかへでかけてるようだね?」
詰問するような声で、先生が私にいいました。
近隣でも評判の霊薬《エリクサ》作りの名人――それが私の魔女としての師匠、ルビア先生です。
「お前の私生活に干渉するつもりはないが、なにかよからぬことをしているなら話はべつだよ」
「ご心配なく。魔女ルビアの名を傷つけるようなことはいたしませんから」
私はにっこりと返します。
「ふん、なにかしてるのは否定しないわけだね。修行がおろそかにならん程度にするんだよ」
「それもご心配なく」
とはいったものの、ザーフィ君と会う時間を増やすためのスケジュール調整もギリギリになっています。
それなのに、私の「好き」という気持ちは日増しに大きくなっているものですから、いつか爆発してしまうかもしれません。
そうならなくとも、先生の懸念通り、魔女修行に支障をきたす可能性もあります。それは本意ではありませんし、私のプライドも許しません。
そうなる前に、手を打っておくべきでしょう。
〈虚無の海〉における重力波の異常――あるいは魔力の暴走や、その他さまざまな要因により、居住区と異世界の一部がふいに繋がることがあります。
それはちょっとした部屋程度の空間なこともありますが、巨大な洞窟や遺跡であることが多いようです。
理由はよくわかっていませんが、おそらくは後者は、魔力を溜め込みやすい構造を持っていたり、そういった効果を持つアイテムなんかが置かれているからだろうといわれています。
ウィスキア緑洞は、そんな感じで居住区に現れたダンジョンのひとつです。
――で、どうして私がこんなところにいるかというと……
「お前も行くのカ?」
「もちろんです。私がいかないと、材料の判別ができないでしょう?」
霊薬《エリクサ》に使う材料を集めるのは、主に私の役目です。
傷薬や風邪の薬、虫下しといった一般的なものから、お客様の注文に応じた特殊なものまで。
ここ〈幽霊船〉には多種多様なダンジョンがあるため、大抵のものは手に入ります。
問題は、材料の採集には危険を伴うことが多いということでしょう。
うら若き少女――もちろん私のことですよ?――の脚では到達すらままならない場所であったり、凶暴な生き物がうようよしていたりと、一筋縄ではいきません。
そんなときは、死骸漁り《スカベンジャー》と呼ばれる一種の冒険者さんに依頼を出します。
護衛としてついてきてもらったり、危険度が高ければ直接採りにいってもらったりするわけです。
いつもなら人のたくさん集まる酒場のご主人あたりに話を通し、相応しい人に声をかけてもらうのですが、今回はたまたまザーフィ君の仕事がお休みだったので、彼が来てくれることになったのです。
これは私にとって、とてもラッキーなことでした。
先生からは、経費としていくらかお金を預かります。その主な内訳は、死骸漁り《スカベンジャー》さんたちに渡す報酬に仲介料、あとは必要に応じた道具代といったところなのですが、これを浮かせることができれば、残りは私のお小遣いになる――つまり、人を雇うかわりにザーフィ君に護衛してもらえば、経費はほぼそっくりそのまま私のものというわけです。
いちおう断っておきますが、経費のやりくりに関しては私に一任されていて、こうした手段も先生の認めるところなのです。
「オレを使うのヲ悪いと思っているなラ、要らぬ気遣いダ」
「そういうことじゃあありません。私、絵が下手なんです」
材料の絵と名前を書いたメモを渡して取ってきてもらうというのは常套手段のひとつといえばそうなのですが、これはまあ、半分本当で半分嘘ですね。
要するに、私がザーフィ君といたいんです。
仕事にかこつけて彼と会えば一石二鳥、先の懸案は無事解決というわけです。
しかも冒険を共にすれば、吊り橋効果でさらに絆が深まることも期待できます。ザーフィ君の都合もありますから、毎回使える手ではありませんが。
「大丈夫ですよ。ここは〈居住区〉のダンジョンの中でも初心者向けですから。前衛がザーフィ君、後衛が私で、バディのバランスも取れています」
「むウ……」
ちなみにザーフィ君の本業は石工で、職人街の工房に努めています。
職業柄腕力は鍛えられていますし、もともと蜥蜴人《サウラ》自体が丈夫な鱗と頑健な肉体を誇る戦士向きの種族でもありますから、いざ戦いとなればとても頼りになるはずです。
か弱い乙女――もちろん私です――を守って戦う勇敢な戦士……ああ、思い浮かべるだけでうっとりします。
「それでは出発しましょう! まずは第一階層、オボロハナゴケの群生地へ!」