『バラックシップ流離譚』 羽根なしの竜娘・9
連れていかれたのは串焼きの屋台。
なんだか、好みがセレスタに近いなと思ったら案の定、彼に教えてもらったのだとフローラは答えた。
「ちなみに、わたしが知ってる中でも最悪に不味い店だから」
「なんで!?」
皿に乗せられた串焼きは、えぐみを伴った異臭を放っていた。
大きさも種類も適当な甲殻類(?)が数匹ずつ串刺しにされ、特製のタレをたっぷりつけたうえで焼かれている。
だが、殻を剥かずに大火力で雑に焼いているためか、火の通り方はまちまちで、しかも焦げたタレが絶妙な雑味となっていた。
「歯と、胃袋が丈夫でないと受け付けない代物という気がします」
巡り合わせの悪いことに、リーゼルを含めた竜の眷属たちは、どちらにおいても優れている。
そして、いまのリーゼルの身体は、とにかく栄養があって腹に貯まるものであればウェルカムな状態である。
慌てて食べて殻の破片で喉を切るといった事故を避けるため、ひたすらよく噛んで飲み下せば、それなりに満足感を味わうことができた。
「はあ、助かりました。ありがとうございます」
「あなた、いつもセレスタに奢ってもらっているの?」
「ええ、まあ」
「他には? 食べ物以外にもなにか買ってもらうことは?」
「ええと……靴とか、あとこのリボンなんかもそうですね。髪がバサバサしてるとうっとーしいんだよ、とか言われて。自分で使えるお金って少ないですからねー、わたし」
「ほう。そんなものまで……」
フローラは目を眇めて、リーゼルを上から下まで睨めまわした。
「四六時中、なにからなにまでお世話してもらっているのね」
「そう言われると可愛がられてるみたいに聞こえますけど、実際は違いますよ? 基本雑だし、口は悪いし、すぐに手は出るし」
「それは可愛がっているのよ。セレスタなりに」
「ええー、そうなんですかぁ?」
「そうよ。だって、わたしはそんなこと、してもらったことないもの」
それはあなたが年上だからじゃないんですか、と言いかけたところでリーゼルは気づく。
さっきから、彼女はセレスタの話ばかりしている。
「フローラさん」
「なにかしら?」
「ひょっとして、好きなんですか? セレスタさんのこと」
「はあ!? なに言ってんだテメー!」
非の打ちどころのない美貌が突如として鬼の形相に変わった。
「あ、そうなんですか? そうですよね。あんなガサツで野蛮な人――」
「テメー先輩に対してなんてことを!」
「どっちなんですか」
リーゼルは呆れて言った。
さすがにこれは確定だろう。
フローラは、セレスタに惚れている。
likeではなく、loveの意味で。
「やっぱり若者が共同生活なんてしてると、そういうことになるんですね」
「な、なななな何を! わ、わたしは――」
「今更ごまかさなくてもいいですって。つまり、こうしてわたしを連れ出したのは、セレスタさんとの仲を探るためだったわけですね」
空腹のまま散々歩き回らされた恨みもあり、リーゼルの追求には容赦がなかった。
「そ、そうよ。その通りよ! あなた、大人しそうな顔して、割と物怖じしないたちなのね」
「そうですねえ。言いたいことを黙っているのは苦手なほうかもしれません」
「チィッ! 生意気な子!」
この人もそうか。
(ん? まてよ)
セレスタに似ているフローラがリーゼルに似ているということは、リーゼルもセレスタに似ているということになりはすまいか?
(うええ……それは嫌だなあ)
げんなりとしているリーゼルを見たフローラは、なにか決意したような顔になった。
「わたしの秘密を知ったからには、ただじゃあおかないわ」
「な、なんですか。〈虚無の海〉に投げ込んで口封じでもしますか?」
「いいえ」
フローラはすっくと立ち上がり、リーゼルの鼻先に指を突きつけた。
「わたしと勝負なさい!」