『バラックシップ流離譚』 羽根なしの竜娘・1
土砂降るように人が降ってきた。
悲鳴とともに、ひとり、ふたり。
三、四、五、六……指折り数えてみたが、すぐに面倒になってやめた。
石段に腰をかけ、頬杖をついた姿勢であくびを噛み殺す。相変わらずセレスタは絶好調のようだ。
このままだと今日もリーゼルの出番はないだろう。
〈幽霊船〉には、あちこちの世界から人が乗り込み、住み着いている。
つまり、異なる世界の数だけ人々の種類があるということで、そうなるとケンカ、衝突、いがみ合いは日常茶飯事となる。
リーゼルやセレスタは〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉という組織に属している。
その名のとおり、主要な構成員はドラゴンの末裔たる竜人族《フォニーク》と人竜族《ツイニーク》からなり、絶対数は少ないながら船内最強の一角と目されるほどの強勢力である。
あまりに強いと、あえて事を構えようという輩もほとんどなく、
〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉自体が勢力拡大に消極的なこともあって、
平和な暮らしがおくりたいなら、これ以上のところはないかもしれない。
とはいえ、若い世代はそれでは飽き足らないというか、いろいろと持て余すものがあるようで、助っ人を頼まれればよそのケンカであろうとも積極的に飛び込んでいく者がけっこういる。
セレスタはそうした輩の代表格として、ちょっとは名の知られた存在だった。
リーゼルも、はじめのうちは、彼が怪我でもしないかとハラハラしていたが、最近では心配するだけムダと考えを改めつつある。
なにしろセレスタときたら、リーゼルの言うことなど聞きやしないし、ちょっとやそっとの怪我では竜の血の持つ治癒の力で全快してしまうから実際無茶が効く。
やんちゃで粗暴。向かうところ敵なしの用心棒――それがセレスタ・チュードという若者である。
「だいじょぶですか?」
目の前でピクピク痙攣している象の頭をした獣人の男に声をかけたが返事はない。まあ、たぶん死にはしないだろう。
「ほん……っとに……!」
自分ばっかり愉しんで、いい気なものだ。
もっとも、リーゼル自身は戦いが嫌いだ。
痛いのも、痛い目に遭わせるのも遠慮したい。
理由はよくわからないが、頭の中のなにかが猛烈な勢いで拒絶反応を示し、ときには気分まで悪くなる。
だから、いっしょにやるかと誘われないのは、むしろ望ましいことではあるのだが。
どん、と爆発音がして、向かいの建物の二階から火の手があがる。
「わはははははははははははは!」
もうもうたる煙の中から、心底愉しげな哄笑が響いた。
躍る人影。その背には悪魔めいた一対の翼が広がり、炎に照らされて禍々しい乱舞を見せる。
そのさまに、リーゼルは一瞬――それとも数秒――あるいはもっと長い時間。
完全に目を奪われた。
「ああ、もう」
悔しい。
またしても。
きれいだと思ってしまった。
雄々しく、優美で。
あれを思いきりはばたかせたなら、きっとどこまでも飛んでゆける。
おなじ竜人族《フォニーク》でありながらリーゼルが持っていないもの。
かつて天空の覇者であった祖先より受け継ぎし、二枚の翼。
どうして自分の背中には、あれをおなじものがないのだろう?
ほんとうは、自分は彼とおなじ生き物ではないのではないか?
考えるたび、胸がキュッとなる。
リーゼルがこんなことで悩んでいるなんて、きっとセレスタは夢想だにしていない。
口に出したところで、きっとセレスタには理解できない。
だから、言わない。
でも、すこしくらい、自分のほうを見てくれてもいいのに。
「わたしって、なんなんですかねー?」
リーゼルは足許の砂をつかみ、セレスタのいるほうに向かって投げつけた。