勝手にルーンナイツストーリー 『盤上の夢』前編

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「ねえねえエルザお姉ちゃん」

 執務室の机にあごを載せた体勢で、シュガーが話しかけてきた。
 眉間にしわをよせて書類と睨み合っていたエルザは、顔をあげると同時にため息をついた。

「シュガー。仕事中は騒がしくしないでっていってるでしょ」
「根の詰めすぎはよくないよー。お姉ちゃんが倒れたら、共和国軍はお終いなんだから。ほらほら、かわいい妹分が息抜きにつきあってあげますよ」
「あなたが遊びたいだけじゃないの?」
「まあまあ。ほんとはほら、お手紙を届けにきたんだ」

 そういってシュガーは、書簡の束を机に置いた。

「また勝手に……コンラートに叱られるわよ」
「なにいってるの、お姉ちゃん。コンラートさんなら評議会との折衝でおでかけしてるでしょ」
「そうだった……やっぱり疲れてるのかしら」

 エルザは額に指をあてて首を振った。

「そうそう! だから息抜きは必要よ。……で、そのコンラートさん宛てのお手紙も一通ありまして……」
「あ、こら。だからそんなことしたら駄目って――」
「なんとなんと! 差出人は女の人からです! これって気にならない? なるよね?」
「えっ、コンラートに? 正直気にな――ううん、やっぱりよくないわ。それに、たしかコンラートには息子さんがいたはずだから、その奥さんとかじゃないの?」
「ソニアさん、だって。そんな名前だった?」
「……違うわね」

 コンラートは、エルザの祖父の代から仕えるウザーラ家の家宰だ。
 謹厳実直を絵に描いたような紳士で、エルザも全幅の信頼を置いている。
 彼には、すでに独立した息子がひとり。妻とはずいぶん前に死別しており、以降浮いた噂ひとつない。
 本来、ガガにてエルザの留守を守ってもらいたいところなのだが、人手不足のため前線に同行してもらっている。
 それもこれも、マナ・サリージア法王国といよいよ前面衝突という段になってさえ、評議会がなかなか腰を上げないからだ。
 共和国軍といいつつ、戦っているのはエルザ隊のみというこの状況を、どうにかして打破したい。
 そのためにエルザもコンラートも、日夜心身を擦り減らして駆けずり回っているのだ。

「ほらほら、このままじゃお仕事も手につかないよ」

 シュガーはエルザの前で書簡をひらひらさせた。
 やり方はどうかと思うが、彼女なりに気遣っているつもりなのだろう。
 今回は軽くたしなめるに留め、一段落したらおしゃべりにつきあうという条件で、執務室から退出してもらった。

「でも……」

 書簡に記された差出人の名は、流麗な文字で綴られていた。
 それとなく訊ねるくらいなら構わないだろう。
 エルザはそう自分に言い訳し、いったんはこの件を思考の外に締め出した。



 気恥ずかしそうなコンラートの顔など、エルザは初めて見た。

「どんな方なの?」
「実は、お会いしたことはないのです」

 ソニアと名乗る女性は、ミネルバに住む貴婦人だという。
 大のチェス好きで、コンラートの指し手としての名声を聞きつけ、送った手紙がきっかけだった。
 文通相手というわけだ。

「お互い、敢えて語るようなことは書かないのですが」

 最初は他愛ないチェス談義だった。
 それがやがて、コンラートが自作したプロブレム――チェスのルールを用いたパズル――を送り、ソニアがそれを解いて返信するというやりとりに変化していった。
 コンラートのプロブレムは、歴史上の出来事をモチーフにするものが多く、それを忠実に再現しようとすることが解答の手がかりになるという仕掛けになっている。
 ざっと例を挙げてもらったが、エルザでもかろうじて聞いたことがあるという出来事も多く、どんな人物が関わり、どのような結末に至ったかと訊かれれば、正直かなり怪しかった。
 かの婦人は、そのことごとくを言い当てたうえ、見事に解いて送り返してきた。

「この一事のみでも、彼女が深い学識を持っておられることが窺えます」
「本当にその方が解いたのかしら?」
「そこは疑わぬのがマナーでございます」

 さらにソニアは、解答とともに、必ずコンラートのプロブレムに対する感想も添えていた。
 主の頼みといえど、私信を読んで聞かせるような慎みのない真似は、さすがにコンラートもしなかった。
 かわりに、かいつまんでエルザに語ったところによれば、白黒の盤面に鮮やかな色彩が掃かれたよう――といったような、コンラートの作品の芸術性を褒めたたえる文面が、熱っぽく綴られているとのことだった。

「大袈裟かもしれませんが、あの方の生き生きとした言葉は、私に日々の活力を与えてくれます。いくさが続き、人々の心が荒むさまを目の当たりにしても、そうしたものばかりではないのだと思い出させてくれるのです」
「素晴らしい女性のようね」
「はい」

 コンラートの表情には、心底からの敬愛があらわれていた。

「ねえ。会ってみたい? その人に」
「いまはそれよりも、一日でも早くいくさのない世がくることを祈るばかりです。その上で、もし……もしも機会があるならば……」

 チェスは盤上の遊戯――仮想のいくさである。
 だが、いまのルーナジアでは、現実に生きる人々がいくさで血を流している。
 このような時代は、一刻も早く終わらせなければ。
 ザイ派の首魁ルド・マルコがいるであろう東の空を見つめ、エルザは決意を新たにした。
 だが、ルーナジア大陸に吹き荒れる動乱の嵐は、いよいよ激しさを増していく。
 ミレルバ諸島連邦がマナ・サリージア法王国によって滅ぼされるのは、それからわずか半年後の出来事であった。

※解説
 約一年ぶりとなる「勝手にルーンナイツストーリー」
 視点はエルザですが、メインはコンラートとその文通相手のお話となります。
 コンラートはガイ・ムール共和国に所属する三人のナイトの一人。
 知力はずば抜けて高いものの、それ以外の能力が低く、他の二人より見劣りしてしまいます。
 それでもナイトというクラスの使い勝手のよさと、初期レベルの高さなどから活躍が見込めます。
 メイジ系を経由して攻撃魔法を覚えさせる運用もアリでしょう。


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