『バラックシップ流離譚』 幻槍無双・1
「痛てて! 畜生ッ、放せ!」
クロフが男を組み伏せると、彼はぶざまに足をばたつかせた。
ヤルキッシュ・ファミリーの縄張りで、無許可で盗品を売り捌いていた男だ。あたりには、どこで発掘されたかもわからない壺や本、装飾品やらが散らばっている。
「やれやれ。つまらヌことで手を煩わせないでほしいものデス」
カツ、カツと靴音を立てて、クロフの背後に男が現れた。
「抵抗しても無駄デス。その男はクロフ・モナード。幻槍のクロフといえば、聞き覚えがあるデしょう?」
ぴっちりとした紺のスーツにつば広の帽子。細面の青白い肌。ひげはきれいに剃られており、丸い眼鏡が印象的だ。
「幻槍の……!? な、なんでそんなヤツが……」
「申し遅れマしたが、ワタクシ、トブラック・カンパニーの社員でトノヤマと申しマす。現在はヤルキッシュ様のところに派遣され、彼らの扱う商品の流れを監督させて頂いておりマす。そして、クロフさんはワタクシが懇意にしている荒事師デして、ヤルキッシュ様に義理を立てるという意味で、すこぉーしバかり骨を折って頂いた次第」
「クソッ! わかったよ! ちょっとした出来心なんだ。金なら払う! それでいいだろ!」
「そういう問題ではありマせん」
トノヤマはいきなり、捩じあげられていない男の右手を、革靴で踏みつけた。
「イギ――――ッ!」
「アナタのような人間は、見逃してやっても『ラッキー! 次は見つかンネーようにやろう』くらいにしか考えマせん。しかも悲しいコトに、そのように考える人間はとてもとても多いのデス。ならば、大切な取引先に損をさせヌためワタクシたちにできるのは、捕らえた輩にはキチンカチンと罰を与え、見せしめとすることなのデス」
トノヤマが、クロフに目で合図を送った。
「何本だ?」
え、なんの本数? と、恐らくは問うつもりであったろう男のくちびるは、クロフが彼の小指を握ったことで、おかしなかたちのまま固定された。
「手のほうは全部イっときマしょう。それと両腕も。しばらくは尻を拭くのもひと苦労でショうが、ヤむを得ぬ仕儀というものデス」
トノヤマがハンカチを男の口に詰め込むのを確認しつつ、クロフは男の指を関節とは逆方向にひねった。
ウシガエルを地面に押しつけたまま引きずったような叫びがあがる。
クロフとトノヤマは、表情ひとつ変えなかった。
「そろそろ飽きてきたな、この仕事にも」
「喜んでクダさい。いいお話がありマす。アナタ好みの、危険な仕事デすヨ、クロフさん」
◇ ◇
ああ、またこの夢か、とクロフは思う。
予知夢やそれに類する伝承は、およそ知る限り、あらゆる世界の文化圏に存在する。
未来に起こる事柄を、神や天使や幽霊や、時には悪魔といった超自然的な存在が、夢というかたちで人に報せるのだという。
夢というのは本来無秩序で無意味なもので、そこに意味を見出そうとするのは非合理だという者もいる。
だが、こうもたくさん言い伝えられているとなると、そこにはなんらかの真実が含まれているのではないか、と思いたくなるのも人情だろう。
こと、繰り返し見る夢ともなれば。
といっても、毎回まったくおなじ内容というわけではない。
むしろ、登場人物やシチュエーション、長さなどにはかなりのバラつきがある。
にもかかわらず、夢の最後はかならずある共通の出来事によって締めくくられる。
それは――クロフの死だ。
木の杭に貫かれる。剣で斬られる。炎に焼かれる。凍え死ぬ。猛獣に喰われる。虚無の海に突き落とされる――等々。
どれも異様に生々しく、夜中飛び起きてねばつく汗をぬぐった回数も、十や二十ではきかなかった。
死の夢を見はじめたのはここ一年ほどのことだ。
はじめは、予知夢だとは考えなかった。
人はかならず死ぬとはいえ、それは一度きりのことと決まっている。
中には不死の呪いというものにかかっていて、死んでも生き返る連中もいるというが、残念ながらクロフはそうではない。
だから、予知と結びつけることさえ思いもよらなかった。
しかしあるとき、徐々に夢の種類が減ってきていることに気がついた。
最初は二十近くもあった死のバリエーションが、半年ほど経過した時点では十種類ほどになっていた。
さらにひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ、いまもなお見続けている死の夢は、たったふたつに絞られている。
建物の崩落に巻き込まれる夢と、真っ暗な穴のような場所に引きずり込まれる夢。
それが運命の収束の結果なのではと推論することは容易かった。
もしそうなら、残るふたつの夢のうち、片方を見なくなったとき――
クロフの最期が確定する。
◇ ◇
愉しげな女の歌声で目を覚ました。
台所のほうから。朝食の準備をしているのだろう。時折、鼻歌が混じる。
クロフは大きく息を吐いた。
全身に嫌な汗が滲んでいる。ひと頃はもっと酷かった。
レフィアの歌には、ずいぶんと救われている気がする。
酒場で働いていた頃、彼女の歌声は近隣でも評判だった。中には遠く離れた区画から、わざわざ聴きにくる客もいたほどだ。
レフィアは哀しい歌が好きではなかった。客から求められれば断りはしなかったが、そういう歌を自らうたおうとすることはない。
食事を口に運んでいると、視線を感じた。レフィアがニコニコしながらクロフの顔を眺めていた。
「どうした?」
「んー? クロフといっしょにご飯を食べられて嬉しいなって」
クロフは顔をしかめた。
「いつもいっしょに食ってるだろう」
「だから、それが嬉しいの」
やはり、よくわからなかったが、当人が幸せそうならかまうまい。
船尾寄りの上層。ミングラシア商会所有の大邸宅。
その地下室には、静かな熱気といまにもはちきれそうな興奮が満ちていた。
「あと一分デス」
クロフの隣で、トノヤマが腕に嵌めた時計を睨みつけていた。
二ヶ月に一度開催される秘密オークション。
ダンジョンで発見されたり、外の世界から持ち込まれたものの、一般に流通させるには不都合のある品々が取引される。
開催場所は毎回異なり、自らの所有する物件を会場として提供することは、〈幽霊船〉の顔役たちにとっては一種のステータスとなっている。
主催はトブラック・カンパニー――トノヤマの務めている「会社」だ。
その主な業務は、船内の物流の管理と記録、そして監督である。
外界から隔絶された〈幽霊船〉では、特定の組織や個人が不正に物資を独占すれば、たちまち大きな混乱が起きる。場合によっては多くの住人が餓死したり、大規模な抗争にも発展しかねない。
そうした事態を防ぐために、トブラック・カンパニーは船内のあらゆる場所と組織に自社の社員を派遣している。
公正な取引がおこなわれているか、彼ら「派遣社員」は、常に注意深く物と金の動きに目を光らせる。
むろん、大人しく従う連中ばかりではない。むしろ、力と恐怖が支配する船内にあっては、そちらのほうが主流派だろう。
トブラック・カンパニーが公共の利益という看板を掲げ、意思を押し通すことができるのは、押し通すことができるだけの力を持っているからに他ならなかった。
クロフは二階通路の定位置に移動し、そこから広い会場を見渡した。
客やミングラシアのスタッフとは明らかに違う、スラムやダンジョンで暴れまわっているほうが似合いそうな雰囲気の人間が各所に配置されている。
クロフ同様、会場の警護のために雇われた連中だ。何人か、知った顔もいる。
いずれも名の通った荒事師や傭兵である。
荒事師と傭兵は、やっていることはほとんど同じだが、前者はもっぱら個人経営で、手っ取り早く戦力をかき集めたいときなどに声がかかる。
要はごろつきと大差なく、傭兵よりも低級な職業と見なされることが多い。
さらに、金さえ積まれればどんな汚い仕事でも請け負うことから死骸漁り《スカベンジャー》と呼ばれる者たちもいるが、さすがにあちこちの顔役の集まるオークション会場ともなると、あまり場の品位を落とすような者は雇われない。
金にものを言わせて――などと陰口を叩く者はめったにいない。それもまた力のひとつである。
外部の戦力だけでなく、トブラックの社員もまた凄腕揃いだ。
トノヤマにしても、ひ弱そうな外見に反して相当の使い手であり、強面の男十人あまりを一瞬にして叩きのめすところを、クロフは見たことがあった。
そのくらいでなければ、他の組織に単独で乗り込んでいって、その取引の様子を監視するなどできるはずもない。
「時間デス」
トノヤマが顔をあげる。
会場は静まり返っていた。
覆面やヴェールで顔を隠した客たちが期待を込めた眼差しを向ける中、壇上に競売人が現れる。
馬鹿丁寧なお辞儀のあと、簡単な挨拶とオークションの開始が告げられ、最初の品が運び込まれてきた。
「これなるは、トプアクナのガルゼイ卿が秘蔵されていたダイヤの首飾り! ご承知のとおり、ガルゼイ卿は先日、内臓がグツグツのシチューのように溶解する奇病により急死されましたが、なにを隠そうこの首飾り、歴代の持主がことごとく謎の死を遂げたという曰くつきの品! さあ、それでもこの品を所望される方はおられますかな? 呪い、祟りなにするものぞという勇者は是非とも名乗りをあげて頂きたい! まずは一千パールから!」
「千二百!」
「千五百!」
「こっちは二千だ!」
「……五千!」
「一万」
あれよあれよという間に値が吊りあがってゆく。
「まったく、気が知れねえよな」
いつのまにか、クロフの隣に女が立っており、呆れたようにつぶやいた。
「はじめましてだな、幻槍のクロフさん。オレはルーティカ・ユーグラシア」
「俺を知っているのか?」
「アンタのことは荒事師仲間のあいだでも有名だよ」
「そうか……たしかに、チンピラを脅すのに使えるくらいには、名も売れているらしい」
いい暮らしとか、贅沢といったことに興味がないので、積極的に自分を売り込んだりはしてこなかったが、この稼業でそれなりの期間生き延びていること自体が、ひとつの評価基準となり得る。
「アンタも……相当使えるな」
「意外だねえ。お世辞を言うタイプには見えないが」
「その通りだ」
ニコリともせず、クロフは答える。
ルーティカと名乗った女からは、そばにいるだけでチリチリと肌を焼くような、尋常でない気配が感じられた。
緊張しているとか、気が立っているとか、そういう類ではない。
すこしくすんだ青の肌。
がっしりした肩や腰と、そこから伸びる長い手足。
太い眉の上に斜めに走る傷のようなものは、もう一対の目だ。
きれいに毛先が整えられたおかっぱ頭のてっぺんには、短い角が二本生えている。
彼女はヤーク族――青鬼とも呼ばれる希少種族だった。
頑健な肉体を持ち、体温をマイナス二十度から三百度という幅で自在に変化させると言われている。
生来特殊な力を持つ者も多く、覚醒の魔法石〈天啓の詞《フルール・クルーレ》〉によってフル―リアンとなったヤーク族ともなれば、どの組織からも一目置かれる存在となり得る。
「今日のオークションには、なにかあるのか?」
「なんでだい?」
「ヤーク族の荒事師まで雇うくらいだからな。トブラックの連中の本気度が伺える」
「そういうアンタも、ヒト族っぽい見かけだけど、ちょっと雰囲気が違うな。ソレ系のレア種族かい?」
「ザルカ族だ」
「うーん……聞いたことねーな。よっぽど珍しいのか、それとも――」
こちらの表情をうかがうように、ルーティカが目を細める。
「その、ザル……カ族? みんなアンタみたいに強いのか?」
「さあ。どうかな」
戦いが得意だったかと問われれば、そうなのだろう。
だが、そのことに意味があったかは、またべつの話だ。
「ま、なんにせよだ。オレとしちゃあ、平穏無事で終わるよか、ナンかあったほうが愉しいけどな」
ルーティカは、官能的な口許に二本の牙をのぞかせた。
ひらひらと手を振りながら、自分の持ち場へともどっていくルーティカを、クロフは見送った。
胸中では、彼女を値踏みしている。
はたして――
あの女ならば、自分を殺せるだろうか?
遠ざかってゆくその姿は、はっきりと目に映っているのに、足音はおろか、気配すらも感じない。
さっき、いきなり自分の隣に立たれたのは、こちらの油断というわけではないということだ。
知り得たばかりのわずかな情報から、身体能力や戦闘技術を予測し、そこにクロフ自身の経験と知識、不確定要素を加味して修正を加えてゆく。
もし今後、ルーティカと敵対するような事態に陥った場合、どのように戦うか。
ほとんど無意識。不随意神経の活動にも近い、クロフにとっては身に染みついた作業だった。
当人に聞かれたら激怒しそうな内容ではあったが、こればかりは仕方がない。
それに、ルーティカ自身、トラブルを待ち望むような発言をしていたのだから、性根としては似たようなものだろう。
警護担当が考えていることなどお構いなしに、滞りなくオークションは進行していった。
壇上には、四つ目の品が置かれている。
あらゆる学識者がその正体を突き止めることを放棄した、謎の黒い球体――
誰がこんな物を欲しがるのだろうかとクロフなどは思うが、すでに三万パールの値がついていた。
船上の居住区であっても、金はあるところにはあるものだ。
(それにしても……)
クロフはため息をついた。
なんという面子だろう。
覆面やヴェールでいちおう正体を隠しているものの、ひと目でわかる有名人ばかりだ。
最前列だけでも、モールソン・ファミリーの次男で大幹部のグラッド・モールソン。
五賢人のひとりマクナフ・トラヴィ。
〈妖精の檻《フェアリー・ケイジ》〉の鉱物学者ボルボロ・フィディエ。
〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉の諜報組織、太歳《タイスイ》を率いているという噂もある美女瀬青《らいせい》……。
あそこに爆弾のひとつでも放り込んでやれば、さぞ愉しいことになるだろう――思わずそんな物騒な考えが浮かんでしまうほど、錚々たる顔ぶれと言えた。
(なるほどな)
万が一でも、そんなことが起こり得ぬようにするための、トブラックの本気なのだ。
体面とか、意地とか、正義感などではなく、自らをシステムの一部であると信仰にも似た想いで定義づけ、粛々とやるべきことをおこなう。
あらゆる世界から寄り集まった混沌の坩堝に、秩序の体現者として君臨する。
そんな、ある意味で恐ろしく非人間な、「人の為にのみ」存在する集団が、トブラック・カンパニーという組織だった。
たしかに気味が悪い。
だが、信用はできる。
翻って考えれば、そうした組織に雇われたからには、いい加減な仕事はできない。
さもなくば、クロフの信用は失墜し、この先一日たりとも〈幽霊船〉で生きていくことはかなわなくなる。
背負った槍を意識し、いつでも抜ける状態にあることを確認した。
体調は悪くない。思考も明晰。どのような事態が起ころうとも、存分に力を振るうことができるという、静かな自信がみなぎっていく。
その、矢先だった。
客席の後方。オークション会場入口で爆発が起こった。
扉が乱暴に蹴り破られ、武装した集団がなだれ込んでくる。
たちまち響き渡る銃声。天井のシャンデリアが粉微塵になって落下した。
先頭に立つ隊長らしき男が進み出て怒鳴った。
「動くな! この会場は我々が占拠した!」
「そうだ。『動くな』。お前たちがな」
襲撃者とは逆の方向から、男の声が響く。
とたんに、空気が重くなった。
特に襲撃者たちのいる辺りは、そこにある人や物が歪んで見えるほどの影響が出ていた。
一瞬戸惑いの表情を浮かべた彼らは、すぐにそれが警護側の攻撃であると悟り、反撃の態勢を取ろうとした。
……だが、それはあくびが出るほど緩慢な動きだった。
司会席の真上、二階通路の、会場全体を見渡せるその場所に、ずんぐりしたシルエットが見える。
蛙人《フロギー》の傭兵ボルタッカ・ポック。この男は空気の粘性を高める。
彼の能力圏内では、空気はまるで透明なゼリーのように、そこにあるものに絡みつき、動作を阻害する。
襲撃者が困惑している隙に、傭兵と荒事師からなる警護チームは迎撃態勢を整えた。
マスケット銃を中心とした、火器によるアウトレンジからの掃射。
弾丸にも劣らぬナイフの投擲。
十人あまりの男たちが、あっという間にずたずたの肉塊と化す。
「オレともいっちょ遊んでくれよ」
ルーティカがくちびるの端を吊りあげる。
「さあ、きな。ソイツをオレにブチ込むんだろう?」
そう言って、彼女は自分にに銃口を向ける男たちを右から順番に指さした。
「お、おう……! ナメんな、このクソアマ! やってやる……やってやるよォ……!」
男たちが引き金をひく――同時に、彼らの銃が鈍い音とともに、真ん中あたりから破裂した。
「ギャアアアッ……!」
「指が……俺の指がァ……ッ!」
「おいおい、ボルタッカの旦那ァ。アンタの能力のせいで派手に爆発してくれないんですけどォ?」
「贅沢抜かすな。おかげで楽に戦えてるだろうが」
敵方の奇襲は、どうやら完全に失敗に終わった。
客たちは落ち着きを取り戻し、スタッフの誘導に従ってべつの出口から避難をはじめている。
むろん、弱敵ばかりというわけではなく、ボルタッカの能力の範囲外から反撃を試みる者もいたが、そうした連中は他の傭兵、荒事師が適宜かたづけていく。
クロフも怠けていたわけではない。
警護チームが最初の遠距離攻撃をおこなった次の瞬間には、一階に降りていた。
前方に数人。放たれた弾丸を、槍を回転させて叩き落した。
驚愕の表情を浮かべる敵の喉に、槍を突き込む。えぐる。横薙ぎに払って切り裂く。
ひと息に三人。
「くそッ。囲め!」
後方より増援。扇状に広がろうとする。
クロフは、槍を片手で持ち、薙ぎ払うように腕を振った。
手の中で、まるで一匹の大蛇のように槍がうねる。
完全に間合いの外と油断していた男たちは、倍に伸びた槍の穂先に次々と足首を切断された。
ただひとり、空中に逃れた鳥人《バーディアン》の男には、返すひと振りで穂先を飛ばし、仕留める。
背後に気配。
足音を忍ばせ、近づいてきた男が、銃剣でクロフを突こうとしていた。
身体をひねってかわし、脳天へ槍を振り下ろす。
相手は銃を頭上に構える。だが、液状の弾丸へと変じた槍はガードをすり抜け、男の身体に無数の穴を穿った。
「なんだその槍! スゲェな!」
ルーティカが歓声をあげた。槍はすでに、元の形状に戻っている。
クロフは彼女のほうを見やり、かすかにくちびるの端を持ちあげる。
彼の得物は、たしかに槍である。
だが、それをもって槍を用いた戦い方を想定するのは間違いだった。
クロフの槍は、同時に剣であり、矛であり、斧であり、鞭であり、鎖であり、弓であり、銃であり、砲でもある。
さらには炎を纏わせることもできるし、ふれたものを凍てつかせることも可能だ。
変「幻」自在の「槍」使い。
故にクロフは“幻槍”なのだ。
「さぞかし名のある逸品なんだろうな」
「どうかな。由来も造り手も、俺は知らん。ずいぶん前に、イグランディラの廃城で拾った」
それにしても――激しく戦いながらも、クロフは醒めた目で戦況を分析する。
妙だ。
突入してきた部隊は、武装はそこそこ立派だが、とびぬけた強者はいない。
この程度の戦力で、オークション会場を制圧できると思ったのか?
『クロフさん』
インカムから、緊迫したトノヤマの声が流れた。
『すぐに保管庫へ来てクダさい! 至急! 至急デス!」