『バラックシップ流離譚』 美しき剣・1
レギル・フォルカーは自分の顔が嫌いだ。
輝くばかりの金髪。
白磁のような肌。
まるで絶世の美女、と形容されるほど整った面構え。
だいたいが、容姿が美しいからなんだというのだ。
‟彼”は〈幽霊船〉の憲兵隊を率いる身である。
恐れられこそすれ、愛される存在ではないし、そうあるべきとは断じて思わぬ。
なまじ美形であるばかりに、トラブルの種を招き寄せることも多かった――というか、記憶にある限り、それしかない。
いっそ醜いか、鬼のような恐ろしい面相であればよかったものを。
ところが、部下たちは口を揃えて、
「隊長のお美しさは、我々の士気昂揚に貢献しておられます。無用どころか、日々を生きる糧なのです!」
などと反論してくる。
まったく、腹立たしいことこの上ない。
せめて仕事がやりやすいようにと、レギルは鏡を睨みながら、できる限り威圧的な表情を作ろうとする。
口許を引き締め、眉間にしわを寄せて、柔和さを排除しようとしてみた。
しかし、どんなに努力を重ねたところで、彼が美しいという一点だけは、消しようもないのであった。
「うにゃーん、ごろごろごろ」
文字通りの猫なで声を出してすり寄ってきたマトロア・トゥルンシーラが、そのまま流れるような勢いで一回転し、向かいの棚に突っ込んでいった。
相手の力を利用して、投げを打ったのだ。
「いたたた……相変わらずつれないですにゃん、隊長ぅ~」
「黙れ。我ら憲兵隊は、恐怖をもってこの船を支配しているのだ。威厳を損なうようなぬるい姿を住人どもに見られたらどうする」
「固いにゃあ。固いですにゃあ隊長。むしろ、ふだんのユルさと冷酷な仕事っぷりとのギャップが恐怖を増大させるとは考えられませんか?」
にゃあにゃあうるさいが、この女は猫人《マオン》というわけではない。
本人は可愛いと思ってやっている――のかも知れないが、確認する気も起きない。
「そういうのは貴様らだけでやれ。俺を巻き込むんじゃあない」
「隊長も世間では、そんなギャップ担当扱いですよ」
「なんだと?」
「自覚なかったんですか? 最近では隊長に踏まれたいと望む隠れファンが急増中だとか」
「ふざけおって。そんな奴ら、見つけ次第ひっとらえてくれる」
「べつにいいじゃあないですか。ウチらの仕事の邪魔をするわけじゃなし」
ただでさえ忙しいんですから放っときましょうよ、とマトロアは言う。
「甘いことを」
「まあ、隊長の前で踏まれたいなんて口にしたら、ネギトロになるまで踏みにじられちゃいますからね。ほんとにそんなこと言う人なんてまずいないとは思いますけど」
「踏んで下さい」
蛙人《フロギー》の男が、額を甲板に擦りつけて懇願した。
「わたくしは下種な下郎にございます。卑しく、浅慮で、あなた様方のお慈悲にすがって生きていくしかないゴミ虫です。どうぞ思うさま踏んで下さいませ。その代り、どうか、どうかお目こぼしを……」
巡回中、怪しい男しげな男を捕らえてみれば、蛙人《フロギー》の商人だった。甲板上での商売は禁止されている。
「モールソン一家とロプシー団の抗争に巻き込まれて、店が壊されてしまったんです。私はどっちの組織にも与していませんでしたが、そのせいで両方から恨みを買ってしまいました。だから、奴らの目の届かないこんな場所で仕事をするしかないんです」
ゲロゲロと哀れっぽい泣き声をあげて、蛙人《フロギー》の男はさらに身を低くした。
「貴様の事情なぞ知らん」
「そうおっしゃらずに……決してあなた方の不利益になるようなことはいたしません……これは、その証にて」
蛙人《フロギー》が懐から包みを取り出した。おそらく、中身は金品。
「馬鹿めが」
レギルは吐き捨てた。
「そんなもの、我らにはなんの価値もない」
憲兵隊に賄賂は効かない。その程度のことも知らんとは。この男、〈幽霊船〉に来たばかりか。
レギルたち〈幽霊船〉のクルーは、そもそもの「在り方」からして居住区の住民とはちがう。
「人間」の常識に当てはめて、憲兵隊をコントロールしようとした。この傲慢に、どんな報いを与えてくれようか。
そんなことないですよお、と背後から声があがった。
「お金があれば、居住区でおいしいものが食べられますにゃん」
「お前は……話をややこしくするんじゃあない」
叱責すると、マトロアは「すみません」といって首をすくめたが、まったく反省していないことは明らかだった。
「それで。荷の中身はなんだ?」
「武器です」
「ほう」
レギルが視線を向けると、蛙人《フロギー》はビクンと身体を震わせた。
「どこに売るつもりだった?」
「そ、それは……」
蛙人《フロギー》の全身からは大量の脂汗が流れ出し、このまま責めたてたら溶けてしまうのではないかと思わせた。