『バラックシップ流離譚』 羽根なしの竜娘・8
盛大なくしゃみとともに、リーゼルは目を覚ました。
鼻の奥がむずむずする。どうやら、寝床の藁が刺さっていたらしい。
寝藁は温かいし、柔らかくて寝心地もいいのだが、ときどきこういうことがある。
あと、身体についた藁はよく落としておかないと、服を着たときにチクチクする。
「やっと起きたか。でかけんぞ!」
朝からセレスタの大声は脳ミソに響く。なんでそんなに元気なんだ。
「ええ……ご飯、食べてないんですけど」
「オレはもう食った。そら、急げよ」
「だぁかぁらぁ……」
こめかみを押さえる。反論しようにも、起き抜けで頭が働かない。
空腹を抱えたまま彼に従うべきか?
ねだったら道中食べ物を奢ってもらえるならそれもいい。
けれども、奢ってもらえなかったら?
すべては彼の気分次第だ。
ああ、なんで起きてそうそう、こんな葛藤をしなければならないのか。
とりあえずちょっと待て、とリーゼルが口にしようとしたとき、グラナートが顔を出した。
「セレスタ。今日は長老方のところへいけ」
「はあ!? 挨拶なら先週いったばっかだろ」
「先日の乱闘騒ぎのことではないか?」
「そんなん、いちいち報告することかよ」
「俺に言うな。とにかくいってこい」
血のように赤い鱗を持つグラナートが凄むと、なんとも言えない迫力がある。セレスタは渋々うなずいた。
やった、これでゆっくりご飯が食べられる。
うきうき食卓に向かおうとしたリーゼルに、横から声がかかった。
「丁度いいわ。今日はわたしにつきあいなさい」
現れたフローラは、優雅な手つきで髪をかきあげた。
「あら、いいわねえ。ふたりでおでかけ?」
ペルラもやってきて、ほわほわとした笑顔をリーゼルたちに向けた。
「ええ。親睦を深めようと思いまして。ねっ、リーゼル?」
「そ、それは構いませんけど……」
「じゃあ、さっそく出発!」
フローラはリーゼルの肘に自分の腕を絡ませ、強引にひっぱった。
「え、ちょっと。私のごはーん!」
ずんずん、ずんずん。
フローラはひたすら歩いてゆく。
大股で、迷いのない歩調。そこがセレスタによく似ている。竜人《フォニーク》の特徴というより、ふたりの共通点なのだろう。
セレスタとの違いとして、彼女は虹色の鱗を持った美少女で、セレスタ以上に人の話を聞かず、そしてなぜか、リーゼルに対してあたりがきつい。
歳の近い同性なので、仲良くしたいところではあるのだが。
ずんずん、ずんずん。
メトロノームよろしく左右に揺れる尻尾。
空腹で半ば思考停止状態になっているせいで、眺めているとわけがわからなくなってくる。
「あ、あの。どこに向かってるんでしょうか?」
完全に意識が飛んでしまう前に、なんとか質問を絞り出す。
「セレスタとはいつもどんなところをまわってるの?」
「ええと……まずは広場にいって、それから目的地を決めることが多いですかね。ほとんどがセレスタさんのその日の気分で、わたしの意見が通ることはほぼないですけど」
「ふぅん」
「ああ、でも、なるべくわたしが知らない場所を選んでるような気はします」
「……そう」
自分から訊いてきたのに、不機嫌そのものといった口調で返したきり、フローラは黙ってしまった。
彼女はいったいどこに向かっているのだろう?
せめて目的地を教えて欲しい。
……ああ、ダメだ。
このままではもたない。
目の前がぐるぐるして、地面が波打っているように感じられる。
あ、石。
よけなければ。しかし、身体は思うように動いてくれず、半ば引き寄せられるように、足許の障害物に爪先をひっかけてしまった。
「ちょっと! なにしてるの?」
地面にへたり込んだリーゼルに気づき、フローラがもどってきた。
「みっともないわね、こんなところで。わたしに恥をかかせようって魂胆? それともどこか悪いところでもあるの?」
マジか。
わかってなかったのか、この人。
「いいえ……単なる、空腹……ですっ」
腹立ちまぎれにそう吐き出すと、フローラは心底驚いたような顔をした。
「はあ!? さっさと言いなさいよ!」